Love or Like?

確認


ファーストキスはロマンチックなものだ。そんな夢を抱いていたのはいつのことだっただろう。実際に訪れたファーストキスは唐突なもので、ひどくさっぱりしたものだった。

は自分の唇を指でなぞってみた。思い出すのは、あの柔らかい感触。今でも鮮明に思い出すことが出来る。そして思い出す度に身体が熱くなる。
よくあの時、平然としていられたものだなと思う。いや、ちょっと違うか。平然としていられたというより、驚きのあまり、どうしていいのかわからなかっただけなのかもしれない。あの時の感触だけはリアルに思い出すことができるのに、何を考えていたのかはうまく思い出せなかった。

キスをするということは、つまりそういうことなんだろう。東堂は普段から軽い。でも、本当の意味で軽い人間だとは思っていなかった。そのギャップに好感さえ抱いていた。


好きって何だろう?

好きか嫌いかと訊かれれば、東堂のことも荒北のことも好きだ。そして今まではその好きに境界線はないと思っていた。けど、あのキスがきっかけで両者の好きに大きな違いが生まれてしまった。

東堂とは今まで通り……とはいかないけど、とりあえず必要最低限に話はしている。もともと部活以外ではほとんど接点がなかったのが幸いして、部活以外で話すことはなかった。
はじめはなるべく普通に今まで通りに、と心がけていたけど、荒北に逆に不自然だと言われてからは普通を演じようとすることはやめた。周囲の人たちも薄々何かあったことに気づき始めているだろうし、今更取り繕ったって自分が疲れるだけだ。だったら、もう勝手にどうとでも思ってくれて構わない。

たぶん、少し投げやりになっていたんだと思う。大体、あんなことされて、意識するなという方が無理な話だ。

はもう一度、自分の唇を指でなぞった。

二人への好きの意味合いを考えてみたけど、いくら考えてもわかりそうになかった。





「靖友」

放課後の練習を終え、まったりした部室のベンチに座っている荒北のもとへは大股で近づいていった。真っ直ぐ荒北を見下ろすと、荒北もつられてを見上げた。

「んだよ」

は無言で荒北を見下ろし、その瞳を細めた。そして、周囲の者が驚くほど一気に顔を荒北の顔に近づけた。相手の瞳に映る自分が見えそうなくらい、言わばお互いの吐息がかかりそうなくらい近づけた。

「オイッ、なんのつもりだッ!!?」

当の荒北はもっと驚いた。身を引いた荒北は背中をロッカーに勢いよくぶつける。

―― 違う。

は近づけていた顔を離した。

「ごめん、ちょっと気になることがあって。でももう済んだわ。ありがとう」
「イミわかんネェ」

オレァ帰るからな。そう吐き捨てるように言って荒北は部室を出ていってしまった。違うベンチに座っていた新開だけが「お疲れ様」と声をかけた。いつもならも「お疲れ」と声をかけているところなのだが、今のはロッカーにもたれかかっている東堂に視線を移しており、荒北が帰ったことに気がついていない。

荒北に近づいた時と同じように、は大股で東堂に近づき前に立ちふさがった。

「な、なんだね」

東堂の動揺しまくっている顔が見えたが、構いやしない。少し躊躇したはやはり同じように東堂の顔に自分の顔を近づけた。東堂が息を呑み、喉仏が上下するのが見えた。

―― あ、まずい。

顔を近づけた瞬間、鼓動が高鳴るのを感じた。これ以上近付けているのはまずい。は咄嗟に顔を引っ込めた。
なんとなく、わかったような気がする。でも、それを認めてしまったら……。


「おめさん、おもしろいことするな」

気がついたら部室にはと新開の2人だけになっていた。いつの間に東堂は帰ったのだろう。そんなことにも気がつかないくらい、の思考回路は自分のことでいっぱいいっぱいになっていたみたいだ。

「ねぇ新開くん、人を好きになるってどういうことだと思う?」

東堂のリドレーのステッカーが貼られているロッカーを見つめながら、は新開に問い掛けた。

「それを今、確かめていたんじゃないのか?」
「……自信がないの」
「それは違うなちゃん」

新開は片目を閉じてにこやかに笑うと、ベンチから立ち上がった。

「自信がないんじゃなくて、認めたくないだけなんじゃないの? 本当はもう答えは出ているんだろう?」

新開は静かにに近づいた。その瞳には妙に色っぽさを孕んでいる。は、新開が一歩近づく度に一歩ずづ後ずさっていたが、やがて壁際に追い込まれてしまい逃げ道を失ってしまった。

「え、ちょっ、新開くん?」

そして新開はが荒北や東堂にやったようにに迫り、顔を一気に近づけた。もうこれ以上下がることはできないとわかっていても、壁に食い込んでしまいそうなほど頭を壁に押しつける。新開の大きな瞳に映る自分の姿はひどく戸惑い怯えていた。

「どう? オレとキスできる?」

心臓がドキドキ言っている。でも、これは異性に対してのドキドキじゃない。今、抱いている感情はたぶん恐怖。

「い、や……」

絞り出すようにその一言だけを何とか言った。新開のことはもちろん嫌いなどではない。でもその唇に自分の唇を合わせることはできない。できるのは……そう考えた時に頭をよぎった姿には息を呑んだ。

「そんな怯えた顔されると逆に困っちゃうな」

新開はいつもの柔和な顔に戻り、から離れた。

「ま、そういうことだ。わかっただろ?」
「…でもっ」
「でも尽八が自分のことを本当に好きかどうかわからないってか?」
「っ…」

的確に不安に思っていることを言いあてられて、は二の句が継げなかった。

ちゃんは尽八がたたの軽いだけの男だと思っているの?」

何、その質問。質問の意味がわからない。は答えるかわりに首を横に振った。

「尽八はノリだけでちゃんに手を出したりはしないさ」

まるでと東堂の間に何があったのかを見据えているような物言いに戸惑いを覚える。ノリだけじゃないのは、わかっている。そうじゃなきゃ東堂とこんなにぎくしゃくしなかった。あの時「何をするんだ」と声を荒げて東堂の頬を叩くこともできた。それができなかったのはあの時の雰囲気がノリだけじゃないと語っていたからだ。


「さっき靖友に顔を近づけた時、それを見ていた尽八の顔すごかったよ。ちゃんに見せてあげたかったくらいに」
「…そう」
「だから自信持っていいんじゃない? しかし尽八も尽八だな。いつものノリでさっさと好きと言ってしまえばいいのに」


何だろう、この気持ち。新開に全てを見透かされているようで嫌なのに、何かが心の中にすとんと落ちてくるような感覚。は静かに目を閉じた。新開の言うように答えはもう出ている。ただ、認めたくないだけ。


「あと残る不安要素は靖友か」

やっぱり新開は全部わかってしまっているようだ。東堂の方へ気持ちが揺らぐ度に荒北の姿が頭の中をちらついていた。

「二人がお互いを大事だと思っていることは見てればわかるよ。でも本当に大事だと思っているのなら、そろそろ探り合いするのは止めたらどうだい?」
「探り合い?」
ちゃんと靖友は親しいように見えてお互い一線を引いているように見えるからね。一度、靖友と腹を割って話をしてみたらいいと思うよ」

新開は自分のロッカーから荷物を取り出した。

「オレは、ちゃんはもっと自分の欲望のままに生きればいいと思うよ。……たぶん、靖友もそれを望んでいる」

「それじゃ、お先に失礼するね」と、新開は部室を出ていってしまった。部室に一人取り残されたはただ茫然と立ち尽くしていると、棚の上に置き去りにされているここの鍵が目に入った。明日の鍵当番はたしか東堂だったはずだ。でも東堂は帰ってしまった。いや、動揺させて帰らせてしまった。

はその鍵を掴んで部室を後にした。


―――――――――――――――
2014.08.10
Copyright(C)2014 Aya Minazuki All rights reserved.
a template by flower&clover