Love or Like?

不和


「おはようございまーす」

荒北の散髪の翌日の朝、は威勢よく部室の扉を開けた。

「おぉ、今日は随分と機嫌がいいな」
「はい、今日はなんか気分がいいんですよね」

3年の先輩と話を交わした今日のはやたらとにこにこしていた。普段は笑顔を安売りしないはずなのに。そんなの様子を見て、荒北は違和感を覚えた。
は機嫌がいいわけじゃない。……たぶん逆だ。


「あ、おはよう靖友。頭さっぱりしたじゃん!」
「てんめェ、昨日はよくもおいて帰りやがったな」
「だって暇だったんだもの。別にいいでしょ。一人で帰れないほど子供じゃないんだし」

の手がすっと伸びてきて荒北の前髪に触れようとしたが、触れる直前に荒北はその手を振り払ってしまった。

「せっ。触んな」
「ちぇっ、触らせてくれたっていいじゃない。ケチ」

やっぱりおかしい。
こんな和やかに会話したのはいつぶりだ?ってくらい最近はずっと嫌味ったらしい会話しかした記憶がないというのに、今のは笑っている。その態度が逆に荒北をイラつかせた。
昔からを見ていた荒北にはわかる。がこういう態度を取るのは決まって心が乱れている時だ。周りに心が揺らいでいることを悟られないよう、感情を上書きするかのように笑顔を張り付ける。本人はそれで自然に振る舞っているつもりのようだが、その態度はかえって不自然なものだった。

―― 昨日、何かあったのか……?


「お、荒北、すっきりしたではないか」

荒北をおいていったもう一人がやってきた。

「しっかし、切ってしまうとそれはそれでもったいないものだな。前の方が似合っていたぞ」

東堂はにやにやしながら荒北をの頭を指で差した。

「指差すな」

まったく朝から騒々しい奴だ。荒北がそっぽを向いた時、の表情が一瞬強ばるのが視界の隅に見えた。しかし、それはほんの一瞬で、瞬きをしている間にはまた不自然な笑顔を浮かべて東堂に歩み寄った。

「おはよう、東堂くん」
「おう、おはよう」

心なしか、東堂が一瞬怯んだように見えた。

―― ん? なんだこれは……。

この異様な空気はなんだ? いつもと変わらない日常に見えるだけで、違和感ありまくりだ。
東堂がロッカールームに入っていく背中を見送ってから、荒北はに尋ねた。

「オイ
「なぁに?」

―― なぁに? じゃねェよ。バァカ。

「東堂と何かあっただろ」

その瞬間、の顔に張り付いていた表情がみるみるうちに消えていった。

―― ホォラ、化けの皮が剥がれた。

「……何で?」

どんなに表面を見繕ったって、全てを隠せるわけではない。

「オマエ、昔っからなんかあっとすぐに笑ってごまかす癖があんだろ。普通にしているつもりなんだろーが、いい加減、逆に不自然だってことに気づけ」

は目を丸くして驚いていた。自分でも気づかずにいた癖を荒北に見破られて、咄嗟に返す言葉が見つからないようだ。
何もだけが荒北のことをずっと見ていたわけではない。荒北もずっとのことを見ていたのだ。
それでもは強情を張る以外の方法を知らなかった。

「何バカなこと言ってんのよ。靖友のくせに。仮に何かあったとしても、東堂くんと何かあったとは限らないでしょ」

バカ言ってるのはどっちだよ。
伏し目がちに言うその姿がすべてを物語っている。図星を突かれて意地を張っているだけだ。

―― オレが気づかねェワケねェだろ。

口でああ言いつつも、が自分のことを気にかけてくれていたことは知っていた。そしてその存在に甘えていた。何があってもあいつだけは味方でいてくれる。そう思わせてくれる存在はどれほど心を支えていただろうか。
けど、それはつい最近までの話だ。
もう一人を心のよりどころにしなくてもよくなった。そうなって初めて、今までどれだけお互いに囚われていたのかということに気づく。今のは突然足元を支えるものがなくなってふらついている状態だ。

不安定な心の状態なまま、今日の朝練が始まった。東堂の方を見ようとしないと、の方をちらちらと気にしている東堂。張りつめている異様な空気。荒北は心の中で舌打ちをした。

東堂もやっかいなやつを好いたものだ。だが、今は東堂に託すしかない。
福富が自分に脚をくれたように、にも必要なんだ。

―― いい加減、自由になれよ。


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各話、極端に話の長さが変わらないように、と思いながら書いているのですが、私の頭ではこれ以上荒北視点で話を膨らますことができませんでした。
2014.08.10
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