Love or Like?

約束


「今日からマネージャーとして入部するさんだ」

何の前触れもなく、その日は訪れた。

「半端な時期からの入部ですが、皆さんの足を引っ張らないように頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」


ある土曜日の朝、休日の部活の練習前のミーティング。部員全員の前にと名乗った女子生徒が立っていた。
先週は荒北という男が入ってきた。そしてそれを追いかけるかのように入ってきた。深い意味がなかったとしても、何もないとは思えない。直感に近いけど何か因果に似たようなものを感じた。

何より気になるところと言えば、

「なぁフク。あの子、この前フクと話していた子だろう?」
「そうだな」
「うちの部に入るって話は聞いていたのか?」
「いや。俺も今初めて知った」

―― ってことはフクとは深い繋がりはないということか。

二人が立て続けに入ってきて何かと憶測を立ててはしまうが、女子が入ってくるということは決して悪いことではない。見たところは笑顔を安売りするタイプではないようだが東堂は知っていた。は笑うと可愛い。


 「ありがとう」

福富と話していたあの日、去り際に振り向きながら「ありがとう」と言ったあの時の笑顔はとびきり可愛かった。あの笑顔を向けられていた福富がマジで羨ましいと思うくらいに。


「オイてめっ。何で、ンなとこにいンだよ!?」

あの時のの笑顔を思い出している時、何かが東堂の目の前で始まった。ミーティングが終わり、それぞれがそれぞれの準備に取り掛かるために散っていく中、荒北だけがズカズカとの方へと近づいて声を上げていた。最初は先輩の誰かがまた荒北に茶々を入れたのでは? と思ったが違ったようだ。

「うっさい。人前で声荒げないでよ。迷惑。……ていうか、あんたこそ何してんの? こんなところで」
「ハッ、わかってて入ってきたンじゃねーのかヨ!!」
「何バカなこと言ってるの? 自惚れないで。あんたがここにいるのと私が入部を決めたことは全く関係のないことよ」

この痴話喧嘩みたいなものは何だ?
荒北が声を荒げるのはいつものこととして、も負けず劣らずの罵倒っぷりだった。福富と話していた時のからはそんなにきつさは感じなかったのに、今は歯向かおうものならその目の鋭さに射られ、くしゃくしゃに丸めこまれてしまいそうなほどすごい剣幕だ。相手が荒北だからこそ、こんないきついのだろうか。

一通り罵り合った二人はやっと解散した。挨拶もそこそこにいきなり荒北とやり合ったを見て、圧倒されたのは東堂だけではないはずだ。しかし、これから3年間を共にする仲間である以上、ある程度距離を縮めておくのは悪いことじゃない。

といったか。キミは荒北と親しいのか?」

東堂は軽い気持ちで声を掛けた。

「はぁ? 何言ってんのあんた。バカ言わないで。どこをどう見たらあいつと親しく見えるのよ」

前言撤回。
彼女は誰にでもきついらしい。

「もうその質問は訊き飽きたのよ」

おいおいおい、それってつまりは誰から見ても二人は親しく見えるってことではないのか? しかし、今、そんなことを口に出した日にゃ、殺されかねない。そう思った東堂は、それ以上口を開くことはできなかった。それくらい心底嫌そうな顔をしては東堂を睨めつけていた。

東堂の初回の歩み寄りは失敗に終わった。



荒北とが加わっても箱学の練習風景はさほど変わらなかった。いや、少し変わったか。やはり女がいるのといないのでは雰囲気が違う。が無駄に慣れ親しむ性格ではないおかげか、決して悪くない雰囲気を保っていた。ただし、荒北がそばにいない時に限っての話だ。はこと荒北のこととなると途端に機嫌を悪くし、周りの温度を下げていた。それは荒北も同じで、そんな二人の態度が逆に二人の間には何かあるのでは? という憶測を周りに与えていた。当事者同士は一向に認めようとはしなかったが。

―― だいたい親しくないと言い張るなら、もっとそれ相応の態度を取れというものだ。


「オイ、それ寄こせ」
「だめ。これは新開くんのだから。靖友のはあっちに転がっているやつ」

"それ"とはが持っている洗い立てのタオルのこと、"あっちに転がっているやつ"というのはベンチの脇にくしゃくしゃになって転がっているタオルのことだろう。

―― そもそも、何故、下の名前で呼び合っている?

下の名前で呼び合っていたら、誰だって勘繰るだろ。
二人がつき合っているのでは? という噂は既に広がっている。だが、それを確かめた者はまだ誰もいない。もともと荒北に好奇心だけで近づく奴はいないし、機嫌が悪くなるとわかっていてに荒北の話を振る奴もいない。……どんな言葉が返ってくるかわかったもんじゃないからな。

東堂の目からはどう見えているのかというと、答えはノー。反発し合う姿からは確かに逆に親しさを感じさせられるが、二人は一緒にいなさすぎだった。仮に隠れてつき合っているにしても、まるで隙がない。二人と同じクラスの奴の話によると、二人は教室でもこんなかんじらしい。朝もバラバラに登校。教室で話す姿を見かけることも稀で、部活に向かうのもバラバラ。おそらく誰の目から見ても二人はつき合っているようには見えないだろう。それでもなお、そういう噂が立つのはやはりアレだ。二人は頑なに一緒にいようとしなくても、お互いがお互いを常に気にしているからだろう。

例えば……、

「靖友っ!!」

練習中に派手な音を立てて荒北が落車した。ロードに乗っていればよく見る光景だ。だから周りは軽く「大丈夫か?」と声を掛ける程度なのだが、だけは目の色を変えて荒北に駆け寄っていった。

「大丈夫!? 血が出てるじゃない」
「っせ。騒ぐな」

荒北の肘から血が流れていた。傷は深くはなさそうだが、少し見るに痛々しいケガだった。

「荒北、とりあえずその血を止めてこい。、処置を頼む」
「はい」

荒北はに連れられて部室へと向かい、倒れたままの自転車は新開が回収した。

「あの子、靖友のこととなると目の色が変わるな」

まったくその通りだ。なんだかんだで荒北の方も拒否はしない。そこまでお互いを気にしているのに、なぜ反発し合うんだ?
東堂は部室へと向かう二人の背中を目で追いかけた。荒北はそっぽを向いている。二人の間にある空間が、今の二人の距離のように思えた。





「ねぇ靖友。明日美容院行こう」
「ハァ? ビヨウイン!?」
「そう、美容院」

はパソコンのキーボードを叩きながら、唐突に言った。練習を終えた部室にはと荒北、新開、そして東堂の四人がいた。

「明日の部活、3時まででしょ。その後行こうよ。いい加減その時代遅れな頭をなんとかしましょ」
「っせ。時代遅れとかいうなっ」
「そのままじゃまともにヘルメットも被れないでしょ。今はまだいいけど、これから練習してうまくなっていけばスピードも出る。そしたら今日みたいに落車したら危ないでしょ」

荒北の反論を華麗にスルーしては話を進めた。荒北の頭は入部した当初から変わらずリーゼントのままだった。授業中にうとうとした日には、前のめりになって机に刺さりそうだ。

「ねぇ東堂くん。靖友を美容院に連れていってあげてよ」

パソコンにしか目を向けていないと思っていたが突然東堂の方を向いた。まさか自分に話を振られると思っていなかった東堂は、驚いて反応が少し遅れた。

「ハァアっ!?」

しかし、東堂が声を上げるよりも先に荒北の雄叫びにも似た声が上がった。

―― ……待て、その声を上げたいのはオレの方だ。

「何故オレなんだ?」
「東堂くんならおしゃれに気を使っていそうだし、いい美容院を知っているかなと思って」

そう思ってくれるのは嬉しい。嬉しいが、”荒北を連れていく”といのがどうにも気にくわない。

「ならばオレでなくてもよかろう。新開だっている」
「あ、そっか。たしかに新開くんでもいいかな」

新開はベンチに座ったままずっとこちらの様子を傍観していた。認めたくはないが、新開だってそこそこおしゃれに気を使っている。ように見える。

「それは構わないが……」
「ほんと? じゃあ新開くんにお願いしようかな」
「オイ、オレを無視すンなっ」
「うっさい。あんたの意見なんて訊いてないのよ」

矛先は新開の方に向いた。これでいいはず。いいはずなんだが、

「でも本当にオレでいいのか?」

―― 何故、オレの方を見てそう言う?

「オレとちゃんと靖友の三人で出掛けて」
「はぁ? ちょっと待って。三人って何?」

三人という単語に声を上げたのはだった。

―― まさか、オレと荒北を二人で出掛けさせる気だったのか?

「私は行かないわよ」
「何で?」
「だから連れていってってお願いして……」

―― いや、ちょっと待て。ちゃんって何だ?

「まぁいいじゃん。どうせちゃんも暇なんでしょ? 明日、靖友と尽八、ちゃんの三人で行ってくればいいじゃないか」

新開は荷物を持ち、立ち上がった。これで話はおしまい、とでも言いたげに。結局、明日の話はよくわからないまま皆帰り仕度を始める。

「オイっ、オレの意見はどうなる!?」

後ろで荒北のぎゃんぎゃん騒ぐ声だけがやけに耳に残った。


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2014.08.05
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