○Atention○
荒北さんのスペアバイクの内容を知らない状態で書いたお話のため、公式とは異なる要素が多分に含まれております。ご承知のうえ、お読みください。
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腐れ縁とは本当にあるものなんだなと思う。あまりスピリチュアルな話は信じる方ではないけれど、ここまでいつもそばにいる奴は、そうそういないだろう。
家は離れている。言わば校区の端っこと端っこ。当然、幼馴染ではない。親どうしの付き合いがあるわけでもない。ところがどういうわけか、小学校を入学して以来、は荒北とすーっと同じクラスだった。小学校6年間も、中学校3年間もずっと一緒。さすがに高校は別々になるだろうと思っていたのに、いざ、高校に入学してみると、同じ教室に荒北の姿があった。お互い、どこの高校に進学するかなんて教えていなかったはずなのに。この時ばかりはさすがに見えない糸か何かに手繰り寄せられているのではないかと、ありもしないものを信じそうになったものだ。
高校は家を出ての寮生活。背伸びして大人ぶっていてもやっぱり15歳そこそこで家を離れるのは心細いものだ。そこに見知った相手、しかも小学校入学以来からずっと顔を合わせていた奴が一緒となれば随分と心は軽くなる。
だが、正直、は今の荒北を見ているのが辛かった。
輝いていた中学の頃の荒北の姿も、今はもう見る影もなかった。どうやって形をキープしているのか全く不明な立派なリーゼント。元々悪かった目つきは、より一層悪くなっていた。言葉も荒くて、とにかく近寄りがたい。否、誰も近付けないようにしていたのかもしれない。
昔の荒北を知っているからこそ、見るに堪えなくて辛かった。
今だって授業中だというのに、机の上には教科書も出さずにペプシが置いてある。先生にあてられて、「めんどくせーからイヤだ」と声を荒げて荒北は教室を出ていってしまった。クラスメイトはみんな怯えているし、教師すら荒北には手を焼いているようだった。
この学校で荒北とまともに話せるのはおそらくだけだ。入学して早々、「何でお前がここにいるんだ!?」と言い合っていた姿を何人もの人に目撃されている(けっこう盛大に声を荒げてしまったから)。 そのせいで周りに「あいつは荒北と親しいんだ」と思われてしまい、荒北に用がある者はみんなをを介して伝えようとするようになってしまった。特に教師陣はそれが顕著だった。
「、悪いんだがこれを荒北に渡しておいてもらえないか? 君は荒北と仲がいいのだろう?」
それは進路希望調査のプリントだった。まだ入学して間もないというのに、学校は生徒の未来を急かすものだ。プリントは来週の頭に提出するように言われている。
―― こんなもの、机の中にでも入れておけばいいのに。
とは言え、どうせ入れたところで荒北は気づかないだろう。気づかないどころが気にも留めず他の何かを入れ、机の奥に追い込まれてくしゃくしゃになるのがそのプリントの運命だ。こうして頼んでくるということは、荒北の手に確実に渡って欲しいのだろう。
「わかりました。渡すだけ渡しておきます」
もちろん、その後のことは責任負えませんけど。と口には出さない。
「助かるよ。よろしく頼むよ」
「はーい」
間延びな返事を上げてはプリントを受け取った。そのプリントを眺めながら、荒北がいそうな場所を考えてみる。
―― めんどくさいなぁ。今から探すのは。
けれど、頑張って探さなくてもそのうち会えるか。どうせ荒北が行ける場所なんて限られているのだから。
―― いい加減、壁なんてぶち壊してしまえばいいのに。
でも知ってる。その壁は外からしか壊せないんだよね。
※
「あ、いた。靖友」
「あァ?」
荒北とは思っていたよりも早く会えた。ほとんど人通りのない放課後の廊下をほっつき歩いていた。
眩しいオレンジ色の光が射しこみ、ちょっとだけ目を開けているのが辛い。荒北は相変わらずガラが悪そうな雰囲気をまとっていた。
今まで何やっていたの? とか、そんな野暮なことは訊かないけど、やっぱり今の荒北は見るに堪えなくて、つい目を背けたくなる。
「しっかりしてよ」
あァ? って言いたいのはこっちの方なんだから。
「はい、これ。進路のプリント。あんたがもうちょっとしっかりしてくれないと、こういう面倒な役割が私にまわってくるの」
「知らネェよ」
プリントを荒北のの前にかざしながらは文句を言った。こんな紙切れ一つ渡せない教師もどうかと思うけど、今回ばかりは荒北側にも問題があるのは否定できない。だからこそ、はこうしてプリントを預かってきたわけなのだが。
「受け取ってよ。私はあんたにちゃんと渡すように言われてるんだから」
「だァから、知らねェっつってんだろォ」
荒北はを避けるように踵を返してそのまま行ってしまいそうになった。その先は特別教室しかないというのに、そっちに行って荒北はどうするつもりなのだろう。
ただ、自分にとって気に入らない全てのものから逃げたいだけのようにしか見えなかった。
「んア、なにやってんだよ!?」
はひらりとプリントを手放した。落ちたプリントは滑るように廊下を進み、ちょうど荒北の足元に止まった。
「じゃ、私はあんたにちゃんと渡したから」
よろしくね、と一言つけ足して、は荒北に背中を向けた。そのままその場を離れようとしたが、次の荒北の一言がの足に根を生やし動かなくさせた。
「だァからいらねんだって。……ガッコォやめっから」
………………。
今、なんて言ったんだろう? できればもう一度言って欲しい。いや、やっぱり言って欲しくない。もう一度聴いてしまったら、確信するしかなくなってしまう。
―― 靖友が学校を辞める?
あり得ない話ではなかったはずなのに、どうして今まで考えもしなかったんだろう。当たり前だったものが明日から突然当たり前じゃなくなる。いつもそうだ。小さな歪みは積み重ねられて気がついた時にはもう取り返しがつかなくなっている。
―― 何で辞めるの? 辞めたあとはどうするつもり?
―――― ていうか、辞めないでよ。
いろんな言葉が頭の中に浮んではまた消えていく。結局、が荒北に掛けられる言葉なんて何一つなかった。
「そ……。でもそのプリントはちゃんと持ってってよね。辞めるって言ったって今はまだここの学校の生徒なんだから」
「知るかバカ。俺は拾わねェ」
「どうぞ、ご自由に」
背中を向けたままが言うと、舌打ちをしつつも荒北がプリントを拾う気配が後ろから窺えた。なんだかんだで律義な奴なんだ。
は振り返って超ガニ股で歩いていく荒北の後ろ姿を私は盗み見てみた。あと何回見ることができるのかわからない寂しそうな背中。荒北が学校を辞めてしまったら、もうお互い顔を合わせることはないのだろう。それは確信に近い直感。まったくの他人であるがここまで気に留める必要はないのかもしれない。それでも、はもう一度荒北が輝いている姿を見てみたかった。
―― だからお願い。誰か、あいつを外の世界へ連れ出してあげてよ。
―――― 誰でもいいから.
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オチは東堂です。
2014.08.04