11月21日
ついにこの日がやってきた。やってきてしまった。
思えばすべての始まりは二週間と少し前、今月の初旬までさかのぼる。



「もう11月か。そういえば今月の21日は高尾くんの誕生日らしいね」

意図してか知らずか、おそらく後者の方だろうが、仲間内のグループで会話が弾んでいるさなかに一人がポツリとそんなことを呟いたのは朝のホームルームが始まる直前のことだった。の視線も釣られて黒板の日付に向けられる。

高尾和成。一言で表すならお調子者。何かにつけてうるさくてうざったい。だけどなぜか憎めない。クラスの中に一人はいて欲しいタイプだ。そういう存在がいるだけで教室の中は活気づくし、何より何か決め事をしなければならない時にこれ以上ないほど頼りになる。ただし、あくまでも”一人”だけだ。それ以上いた場合は本当にただのうざい人だ。

とにかく高尾はどこにいても目立つ。目立つからつい目で追ってしまう。それが習慣になってしまい、気がついたらいつの間にか好きになってました。なんてそんな恋の落ち方もあるんだと、は自ら体験して知った。果たしてこれは恋と呼べるものなのか、正直なところ自信はない。臆することなく内にあるものを発散する高尾を羨ましく思い、誰とでも分け隔てなく接することができるその性格に憧れを抱いた。その延長線上に恋があっても何ら不思議ではないと思う。だけど、これは単に私も彼のような振る舞いができたら……。という本当にただの憧れにすぎないのかもしれない。

そんな葛藤が始まってから早数ヶ月。答えはさっぱりわからないままだが、事実、今日もの目は高尾を追っている。


誕生日か。
授業が始まってもは上の空で、偶然手に入れた耳より情報のことを考えていた。ただし本当にそっぽを向くわけにはいかないので、目線だけは黒板に向いている。文字通り一直線に向けているだけで、それは逆に不自然に映っていたが、の思考はそこまで及んではいなかった。
せっかくだから何かしたいとは思う。思うけどいったい何ができるというのだろう。つき合っているわけではないのだから、あなたの貴重な時間を少し分けてください。私がおもてなしをします。なんてことは言えない。結局のところ、プレゼントを渡すくらいしかないのだろう。でも何を渡す? そもそも高尾は何が好きなんだ? それこそマフラーとかそういう重いものを渡すわけにはいかないし、うーん……。

「……じゃあ次のページから

ん? 今、私の名前呼ばれた?
…………。

「あ、はいっ」

はっとして立ち上がった。次のページってどこだ? は立ち上がったついでにそれとなく周囲の机の上を見渡した。二ページほどめくるとそっれぽいページにたどり着く。どこの文からはわからないけど、次のページからってことは頭から読めばいいのだろう。間違っていた時はその時だ。

「時に、残月、光冷やかに、……」

何事もなかったかのように平静を装って読み始める。誰も何も言わないところを見ると、どうやら間違っていなかったようだ。
はほっと胸を撫で下ろして数回瞬きをした。その時感じたのは目の乾き。どうやら瞬きすら忘れていたらしい。


何はともあれ、プレゼントを渡すのならリサーチするしかない。と、はこっそり高尾の身辺を探ることにした。

とはいえ、具体的に何をしたらいいのだろうか。まずは高尾の日常生活(学校限定)をくまなく観察することだろうか。そんなことを考えながら友達の輪から一人外れてトイレに行こうと教室を出た時だった。何と渦中の高尾が目の前を通り過ぎた。なんてグッドタイミング! しかも高尾は一人ではなく緑間と会話をしながら歩いているではないか。
は瞬時に判断を下し、二人の後を追った。トイレとは反対方向だったけど構いやしない。何もトイレは校舎に一つしかないわけではないのだから、教室を出て右へ行こうが左へ行こうがいずれはたどり着ける。問題ない。
は特大サイズのダンボの耳を立てた。

「真ちゃーん、手に持ってるソレは何?」
「靴なのだよ」
「いや、見ればわかるって。オレが訊きてーのは何で持ってんのかってことだよ」
「今日のラッキーアイテムだからだ」
「だよなぁ。訊くだけバカだったわ」

……。
いったい何の話をしているのだろう? ラッキーアイテムって何? いや、何かの聞き間違いだろ。あの緑間の口からラッキーアイテムなどというメルヘンな言葉が出てくるはずがない。
そんなことよりも欲しいのは高尾の情報だ。緑間よ、お前の話はどうでもいいから高尾に何か訊け!
そう念じながら二人の後ろを一定の距離を保ちつつ付いていったが、会話の基本形態が高尾→緑間→一旦停止→高尾→緑間の無限ループで、結局、高尾の情報は何一つ得られなかった。
わかったことといえば、緑間が変な奴かもしれないということだけだった。



気を取り直して、アプローチの仕方を変えてみることにしよう。
日を改め、とある昼休みのこと。はお弁当を不自然ではない程度のスピードでかきこむと、ノートを片手に職員室の扉を叩いた。

「中谷先生」
「ん、か。どうした?」
「昨日の宿題でわからないところがあって、今、質問してもいいですか?」

考え抜いた作戦その二。生徒(緑間)がダメなら教師からだ。そもそも高尾と緑間の会話を盗み聞きできたのはたまたまであるから、これが正真正銘、作戦その一なのだが、細かいことは気にしてはいけない。
幸いにものクラス、というかと高尾と緑間のクラスの英語担当がバスケ部顧問でもあるこの中谷先生だった。こんな好条件、利用させてもらう他ない。バリバリ全国クラスの部活の顧問となれば、担任よりも生徒のことを知っているに違いない。たぶんきっと。

宿題でわからないところがるというのも嘘ではない。そんなもの自分で調べればわかるだろ。と切り捨てられてしまったらおしまいなのだが、中谷先生は丁寧に教えてくれた。

「ありがとうございます。とてもわかりやすかったです」
「他にわからないところがあったら、また質問に来てくれ」

やっぱり先生は生徒に質問されるのが嬉しいらしい。

「ところで先生。最近バスケ部、夜遅くまで練習してますよね? すごい気合いですね」
「夏のリベンジがあるからな。三年にとっては次が最後の大会でもあるし、気合いが入りすぎて困ることもないだろう」
「なるほど。……そういえばうちのクラスにもバスケ部がいますよね。緑間くんと高尾くん。二人ともレギュラーって聞いてますけど」

なるべく自然な流れになるように、さり気なく高尾の名前を出してみる。緑間とセットになってしまうのは致し方ない。

「あの二人のバスケセンスはズバ抜けている。バスケはな。しかし勉強の方がだな……。緑間は心配ないが高尾はなぁ」

きたきたきた! 高尾の話!!

「あいつの英語センスはどうにかならないものか。あいつは全部フィーリングで答えるから微妙にニュアンスが違うんだ。実用英語では問題ないが、高校英語では……」

…………。
やっぱりアプローチの仕方間違えたかな。高尾の英語センス云々の話はどうでもいいんだよ先生。
後半の方は聞く価値なしと判断し、先生の話は右から左へと流した。
結局、中谷先生から得られた情報は、高尾の英語センスが微妙ということだけだった。



どうしたものか。ぐずぐずじている間に高尾の誕生日まで一週間を切ってしまった。
ここはやっぱり緑間に頼るしかないのだろうか。……緑間に頼る? あの緑間に? 自分で考えて身震いがした。そんなことができるのか。
緑間は決して嫌な奴ではないと思う。むしろ実はいい奴なのでは? とも思う。だけど緑間とはただのクラスメイトという接点しか持ち合わせていない。ただ同じ教室にいるだけ。それはもはや空気と同義。いてもいなくても得することもなければ損することもない。
けど、悩んでる時間はない。自分の弱いおつむでこれ以上の妙案が思い浮かぶとは思えない。時間が無限にあるのならいつかは思いつくかもしれないけど、残念ながらタイムリミットはもうすぐそこだ。
は意を決して緑間にアプローチすることにした。朝から鷹の目のごとく緑間の様子をうかがい、ここぞというタイミングを見逃さないようにした。

そしてその時はきた。二時限目と三時限目の休憩時間の時だ。
いいタイミングで緑間が席に着き、周囲の者が席を外している。緑間に意識を向けている者もいない。そして何より高尾が教室にいない! きっと今日も明日もこれ以上の好機はやってこないだろう。
は一つ大きく深呼吸をして、後ろから緑間に近づいた。が、

「ひぃっ」

今のはの声である。後ろからは死角だったが、近づいてみると緑間の背中に隠れていたソレが目に入った。白粉を塗ったような真っ白な肌。漆黒のおかっぱ頭。真っ赤なおべべを召した日本人形のようなもの。いや、座敷童のようなものと称した方が的確かもしれない。

「どうしたのだよ?」

の奇妙な声に気がついた緑間は振り返り、両手で口元を押さえているを見て疑問を投げかけた。

「う、ううん、何でもないの。ごめんね。変な声上げて」

何でもないわけないだろ! と心の中で盛大に突っ込みを入れつつ、はその場から身を引いた。
もう何も訊けない。声も掛けられない。
やっぱり緑間は変な奴だった。確信した。いったいどんな趣味してんだよあいつは!!



もうダメかもしれない。とうとう高尾の誕生日が明後日というところまできてしまった。少なくとも明日の放課後までにはどうするか決めておかなければ何も準備できずに終わってしまう。
高尾の好きなもの。いくら考えたってわかるわけないのに何度もそのフレーズを頭の中で繰り返す。訊いてしまうのが一番早いのだろう。でも誰に訊けばいいの? 中谷先生も緑間も失敗した。友達に訊いたところでこの二人以上に的確な答えをくれるとは思えない。あとはもう、高尾に直接訊くしかないのか……。

「目ェ、乾くぜ」

………………え?

「う、わぁっ」

あまりに驚いて、女子らしからぬ声を上げてしまった。まさか当の本人が目の前にいるとは誰も思わないだろう。

「高尾くん、びっくりさせないでよ」
「いや、今はオレの方がびっくりでしょ。フツ―」
「あー、そうだね。ごめんね」
「何か考えごと? あまりにも動かないからおもしれーと思って見てたけど、マジで動かねーんだもんな。瞬きもしてなかったぜ。今なら正面からでも刺せそうだ」

ここが戦場だったら本気で笑えない冗談をかましてくれる。

「まーね。そんなところかな。最近欲しいものが多すぎて、お小遣いで何買おうかなーって考えてたの」
「……けっこうくだらないこと考えていたんだな」

うるさいうるさいっ! あなたのことを考えていてぼーっとしてました。なんて口が裂けても言えるわけないんだから、仕方ないでしょ!!

「悪かったね。高尾くんは最近何か欲しいものはないの?」
「おー、それならたくさんあるぜー」

我ながら機転の利いた会話の流れだと思う。いきなり目の前に現れてびっくりしたけど、これは結果オーライだ。あれだけ悩んでいたのに、最終的にはこうして自分で訊くことができたんだから。

良かった。神サマは私のことを見捨てていなかった。

そんなふうに思ったのも束の間、

「まずバッシュだろ」

ん?

「それからトレカ。オレの代わりに宿題やってくれる人。あー、でも今一番欲しいのはやっぱバスケの練習する時間かな」

バッシュってバスケットシューズのことだよね? それって絶対高いよね?
トレカはいわゆるTCGと呼ばれるもののことでいいのかな?
代わりに宿題やる人だなんて、どうしたらそんな発想ができるんだろう。「今日誕生日だよね? おめでとう! 今日は特別に私が宿題やってあげるね!」とでも言うのかな? いや、ないだろ。そんな話聞いたことない。
最後に至ってはもはや論外だ。私は神サマでも何でもないし、もちろん魔法も魔術も使えない。
一番現実的なのはトレカか。

「トレカって?」
「知らない? トレーディングカードゲーム。中野にショップがあって、今レアなカードが出てて欲しんだよね」

中野にショップ? レアなカード?
トレカっておもちゃ屋さんのレジのそばに置いてあるパックで売ってるやつじゃないの?

「へ、へぇ。それっていくらなの?」
「六千円」
「高っ」

思わず突っ込んでしまった。いや待て。だってカードだよ? たかがカードに六千円もするの!?

「まさかと思うけど、一枚六千なの?」
「おう」
「……」

前言撤回。トレカも少しも現実的じゃなかった。



最終手段の高尾本人からも、欲しい情報は得られなかった。厳密に言えば”現実的な情報は”だが。
さり気なくおめでとうって言葉を伝えるだけで終わってしまうのかな。
はトボトボと放課後の帰り道を歩いていた。

あ、お菓子でも買っていこうかな。

コンビニの看板が見えた時、ふと思い至ったはそのままコンビニの自動ドアをくぐった。
真っすぐお菓子の陳列棚に向かい、上から下までをざっと眺める。そろそろ冬季限定のお菓子が出始めているころで、毎年それが楽しみであったりする。
棚に手を伸ばしかけたところで、はっとして身体が止まった。

見つけた。これだ……!

そこからの行動は早かった。
入ったのに何も買わないことを申し訳ないと思いつつもはコンビニを飛び出しスーパーに駆け込んだ。



そして迎えた11月21日。
今、の目の前には高尾がいる。誰もいない廊下。遠くから聞こえる喧騒。全てはこの瞬間のために準備されていたのではというほど最高のシチュエーションだ。

「今日、高尾くんの誕生日なんだって?」
「おう。よく知ってんな」

さもついさっき知りましたという体で話し掛ける。だけど手に持っているラッピングされた袋が前から知っていたことを告げている。

「私、お菓子作りが好きでさ、昨日たくさん作りすぎちゃったから、これあげるね」

真っ赤な嘘を吐きながら渡したのは、チョコレート菓子のトリュフだ。毎年、バレンタインに友チョコ用として作っているもの。の唯一作れるお菓子で最も味に自信のあるお菓子だ。
時期が微妙なのは百も承知だ。だけど今のと高尾の距離感で渡すにはこれ以上のものが思いつかなかった。
下手に形に残るものよりも、食べてしまえばなくなってしまう方が後を引かずに済む。

「甘いもの苦手かもしれないけど……」
「いいや、好きだぜ。サンキュ」

その瞬間、は息を呑んだ。別の言葉で表現するならば、“心を奪われた”だ。
ずるいよ、その笑顔は。
答えがわかってしまった。
その笑顔を誰に対しても見せるものだってことは知っている。だけど私だけに見せて欲しいと願ってしまった。

「誕生日、おめでとう」


―― 私、高尾くんが好きだ。

嘘を少しだけ



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高尾たん、間に合いませんでした。でもせっかく書いたので一週間遅れですけどアップします。
ところで高尾くんの勉強のでき具合はいかがなものなのでしょうか。普通に頭の良さそうな学校だけど、高尾くんも一年生でレギュラーしかもスタメンであることを考えると推薦で入学した線が強いような気がしますし、そうなると多少勉強ができなくても入れそうですよね。でも高尾くんは基本スペックが高い奴だからな。勉強もできちゃいそうですね。
現実世界ではWCの予選は10月の後半から11月の頭にかけて行われるようなので、若干無理のある設定かもしれませんが、そこはご容赦ください(誠凛にリベンジを挑むのは予選ですからね!)。
ちなみに作中でヒロインが読んでいるのは山月記です。高校一年生の時の記憶を必死に手繰り寄せた結果、唯一現代文でやった内容を思い出せたのが山月記だけでした。でも自信はありません。
2015.11.28