家の大掃除をしている最中、最後に手をつけたのがいつか思い出せないくらい触っていない棚から分厚い本を取り出すと、一枚の厚紙がはらりと床に落ちた。拾い上げて裏返してみる。それは押し花にされた四つ葉のクローバーが貼られた手作りのしおりだった。

―― なつかしい……。こんなところにあったんだ。

一瞬にして懐古の世界へと誘うそれは、小学生の頃に川辺で必死になって探したもの。
四つ葉のクローバーを見つけてお願い事をすればその願いは叶う。そんなジンクスがクラスで流行っていた当時、も例外なくジンクスを信じて暇さえあれば川辺へ足を運んでいた。





「また懲りずに探してるの?」
「うるさいっ。だってなかなか見つからないんだもん」
の探し方が悪いだけでしょ」

やわらかい風の吹く春の季節、目を皿のようにして地面を這っていると、近所に住む同い年の男の子がよくやってきた。よく来てくれるくせに探すは一度も手伝ってくれたことがない。それどころか、いい加減諦めたら? とでも言いたげな言葉を零してその場に座り込み、持参した本を開くだけ。そして陽が傾き、本を読むのが難しくなってきた時分になると、「帰るよ」と言っての手を引いて家路につく。
それがいわゆるの幼馴染。椎名翼という男の子だった。

「何でそんなに必死になって探してるわけ?」
「願い事が叶うっていうから」
「ふーん。どんな願い事?」
「それは……ないしょ」

もちろん、ただの興味本位で探しているわけではない。そこには確固たる願いがあるから探しているわけで……。でもその願いは誰にも言いたくなかった。とりわけ、翼には何があっても知られるわけにはいかなかった。


それから数日。
四つ葉のクローバーはまだ見つかっていなかった。同じ時期に探し始めたクラスの友人たちは、一人、また一人と見つけていく。ついにはまだ見つけられていないのはのみとなっていた。
ここまでくると、翼の言う通り、本当にの探し方が悪いのではないかと思ってしまう。
誰よりも願いを叶えたい気持ちが強いと自負していただけに、どうしてどうでもいい願いを持っている友人たちは見つかって自分は見つからないのだろうと泣きそうになる。これはもう、神さまに嫌われているとしか考えられない。

そんな風に見つけることを諦めかけていたその日も、翼は川辺に来ていた。そしていつものように持参した本を開き、風に柔らかい髪をなびかせながらページをめくっている。

今日も収穫なし。もう、明日から来るのはやめようかな……。完全に弱気になり、諦めモードに入っている時だった。いつもは「帰るよ」とだけ言っての手を引く翼の行動がいつもと違った。
翼は本をパタンと閉じてその場で立ち上がると、辺りをざっと見渡した。

「やっぱりの探し方が悪いだけだと思うんだよね」

そう言って翼は、そこらへんを探してごらん。と指を差した。

「そこはさっき探した」
「いいから黙ってもう一度探してみな」

そんな簡単に見つかって堪るかという思いから反抗したくなったが、は渋々翼の指差す辺りの地面を這ってみた。すると、あろうことか簡単にそれは見つかってしまった。

「……あった」
「ほらね。やっぱりの探し方が悪かっただけでしょ」

ようやく見つけられたことは素直に嬉しい。だけど素直に喜ぶのは悔しい。表裏一体な感情にの表情は奇妙なものになる。
複雑な気持ちでクローバーを摘み上げると、それでもやっぱり嬉しい気持ちの方がほんの少しだけ勝って頬が緩んだ。

「さ、帰るよ。探すのにつき合ってあげたんだから、ちゃんとその願い事は叶えてよね」

つき合って欲しいなんて頼んでもいないのに、勝手なことを言ってくれるこの幼馴染。
の願い事は翼に大いに関係しているだなんて、口が裂けても言えない。でも、翼のこの口調からして、の願い事は見透かされているのかもしれない。
そんな恐怖にはぶるっと身震いをしたのを、今でもよく覚えている。





、そっちの片付けは終わった?」

そうだった。今は片付けの最中だった。
はぎくっとしながら、サボってたことをバレないように作業を再開しようとしたが、それは一足遅かった。

「何サボってるの?……あぁ、それ。懐かしいね。そのクローバー」
「ごめんなさい。懐かしさにふけっていたら、つい手が止まってしまったわ」
「ちゃっちゃと片付けるよ。懐かしさにふけるのは新居に移ってからにして。引越し業者は待ってくれないからね」

そう。この片付けは引越しのためだった。ちょうど更新の時期がやってきた賃貸アパート。これを機にもう少し利便性の良いマンションへ引越すことを二人で決めた。

「そういえばそのクローバーにかけた願いは叶ったの?」
「えぇ、そうね。もうすぐ叶う予定よ」
「そう。それは良かった」

この片付けを始めるまで存在を忘れていたしおりを、は自身の手帳を取り出してそこに挟み込んだ。
これはにとっての原点。このクローバーの存在がなければ、は勇気を持って前に進むことはできなかっただろう。

「俺の方は大方ケリがついてるから、こっち手伝うよ」
「ありがとう。翼」

と翼の左手の薬指には対のリングがキラキラと輝いていた。

つながるfour leaf



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ありきたりだからこそ、一度は書いてみたかったネタ。
2017.07.23