2月23日。ついこの間入学したばかりだと思っていた中学校も、残すところあと2週間ほど。早い。早すぎるよ、ばか。
そういえば10歳の誕生日を迎えた時、年齢が2桁になると時間が過ぎるのが早くなるからねと母に言われたたことを思い出す。たしかに小学校も4年生までは1年をとても長く感じたけど、5、6年生の時の1年はあっという間だった気がする。
その延長戦上にある中学校生活もまた然り。思い返してみれば、数えきれないほどの想い出があるけど、本当にあっという間だった。
あと、ついでのように20歳過ぎたらもっと時間の流れが早くなるとも言ってたな。
ある人はジェットコースターのように流れてくと表現してた。実にわかり易い比喩表現だ!
20歳かぁ。遠いようで近いような、近いようで遠いような。20歳の私ってどうなんだろう?ちっとも想像つかない。
見えない道から伸びてくる無数の手。私はどの手を握って前へ進んでいけばいいのかな?
そんなことを思った2月下旬。
とにかく私はあと2週間でこの学校を去るんだ。
想い残すことなんてないはず。いっぱい遊んだし、勉強も……まぁそれなり頑張ってきたよ。学校行事も思いっきり楽しんだ。
だから、想い残すことなんてないはず、なんだ……。
それなのに、胸の奥に引っかかるものがあるのは、何故?
否、答えは知ってるんだ。
ただ、認めたくないだけ。
※
「真田ァー、今日の放課後、空いてるか?」
「わり、今日はクラブの練習があるんだ」
「またかよー。お前、それ、”今日は”じゃなくて”今日も”だろ?」
真田一馬。この学校ではサッカーで幾分か有名なやつ。1年の時から3年間、真田くんとはずっと同じクラスだ。でも、彼とは必要最低限しか話したことがない。それはきっと、私も真田くんも人と積極的に話す性格ではなかったからだろう。
真田くんはとにかく忙しい人だった。私はよくわかんないけど、都選抜に選ばれてたり、クラブの練習があったりと、多忙な日々を送ってたらしい。(あ、今もか)それ故に付き合いが悪いと評判だけど、決して根は暗くなく、悪いやつではない。だからこそさっきみたいにクラスメイトは、大半は断られると知っていながら懲りもせずに声を掛けるんだ。
そして、私が恋心を抱いてる相手。
理由なんてない。気付いたらいつも真田くんを目で追っていた。授業中も休み時間も。
真田くんの斜め後ろの席をゲットした時は、心の中でガッツポーズを決めていた。もちろん、授業中は板書を見るふりしながらずっと真田くんを視界に入れていた。こんな誰もが羨むベストポジションで真田くんを眺められる好機などこの先二度とないだろうと、時間の許す限り見つめていた。(あ、ちょっと脚色しすぎたかも)
体育の時間も、よく友人に「はいつもぼーっとしてるよね」って言われてたけど、それも真田くんを見てたからだ。
最初はね、真田くんに恋してるなんて認めたくなかったんだ。
でも、ここまできたらもう認めるしかないよね。
それどころか、重症、だよね。
そう、
私が唯一、思い残すことがあるとしたら、この気持ちにけじめをつけられていないことだ。
真田くんとは高校が違う。どこに行くのかは知っているけど、私が行く高校とは方向がまるで反対。おそらく登下校で会うことはないだろう。おまけに家も知らない。
つまり、真田くんと顔を合わせられるは卒業までの2週間だけしかない。3年間、毎日のように顔を合わせていたのに。
それ以外で会うとしたら、街で偶然、出会うしかないだろうな。それは最早、偶然ではなく奇跡に近いものだ。
卒業式の後に離任式もあるけど、真田くんはサッカーの関係で来れないと聞いている。だから、卒業式が本当に最後なんだ。
一度、好きだと認めてしまったら、今度はこの気持ちを伝えたい。
日に日に募ってく、この想いを……。
学校では、卒業も間近というだけあって、先週あたりから告白ラッシュが続いている。それは3年生に限ったことではなく、卒業していく3年生に想いを伝える1年生や2年生も、学校全体で告白フィーバーが巻き起こっている。それで、めでたく結ばれるものもいれば、儚く散っていくものたちもいるのだけど。
その波に乗っかって私も告白をしたい、とは思ってる。のだけど、そういう波や流行に乗っかって周りの人と同じことをするのがなんかしゃくで無駄に反抗したくなる。
本当に気持ちを伝えたいと思ってるのなら、そんなくだらない意地を張っている場合ではないとわかっているんだけど、この妙なプライドが邪魔をして踏み出せずにいる。
それか、ただの言い訳、なのかもしれない。
でも、卒業するまでまだ2週間もあるんだ。それまでには気持ちも固まるだろうし、チャンスだってあるはずだ。そう思いながら最近は過ごしている。
まだ、2週間もある。
あと、2週間しかない……。
※
そして、
結局うだうだしてるうちに卒業式当日を迎えてしまった。
在校生の時はあんなに眠くて長く感じた式も、不思議と卒業生となると眠いと思う暇もないくらいあっという間に時間が過ぎてしまうものなんだな。式の最後にプログラムされていた卒業合唱は、涙、涙の嵐ででほとんど歌えなかった。
教室に戻ってからの最後のHRも、その余韻に浸りながらしんみりしたものになった。
そして、そのHRもついに終わってしまって、あとは下校するのみとなってしまった。さっさと教室を出てってしまうものもいたけど、ほとんどは別れを惜しんで教室に残っている。みんな思い思いに写真を撮り合ったり、寄せ書きを書いたりしながら。
私も例外ではなく、親しかった友人や、そんなに親しくなかったようなクラスメイトの人たちと写真を撮ったり、寄せ書きを書いたりしていた。式に参加してくれた母には、友人と話して帰りたいからと言って、先に帰ってもらっている。終始、笑顔ではいたけど、ずっと真田くんのことが気になっていて落ち着かなかった。
友人たちと一通り話し込んだあと、私は教室を見渡してみた。そこには真田くんの姿はもうなかった。
結局、何も伝えることも出来ずに終わってしまった。後悔という2文字が胸の奥にずしりと圧し掛かってきたけど、これはこれで良かったのかもしれないと自分に言い聞かせて、私は3年間お世話になった学び舎をあとにした。
友人にばいばいと手を振って別れる。ひとりでとぼとぼと歩きながら私は空を見上げた。雲ひとつない快晴。その青空を鳥が横切っていく。ふと脇に目を向けてみれば、桜の蕾が膨らみ始めている。そういえば今年の桜は例年より開花が早いってニュースで言ってたっけな。
最後まで真田くんに想いを伝えることができなかったからか、卒業したという事実に未だ実感が湧かないからか、私は少しナーバスになっていた。
まだ帰りたくない、と思った私は、少し遠回りにはなるけど、昔よく遊んでいた公園に寄って帰ることにした。
公園は静かだった。普段は近所の小学生たちが駆け回っているけど、今はまだ正午を過ぎたばかりだ。小学校はまだ終わっていない。
私は公園の中に足を踏み入れ進んでいく。すると、そこにひとつの人影があるのに気がついて、私は思わず大声をあげそうになった。
「?」
「……真田、くん」
もう、会えないと思っていたのに。
こんなに早く再会できるなんて。
「どうして、ここにいるの?」
それは、”何故、ここ(公園)にいるのか”ではなく、きっと”どうして、今、私の目の前にいるの?”という意味だったんだと思う。
でも、そんなニュアンスが真田くんに伝わるはずもなく、
「どうしてって……、俺んち、ここの近所なんだよ」
と、ちょっと拗ねたように答えた。
そうだったのか、知らなかった。と、どこかで冷静に考えている私もいたけど、この時の私は間違いなく動揺していた。
「こそ、何でこんなとこにいるんだよ」
真田くんにも同じ質問をされた。でも、そう疑問に思うのは当然のことだと思った。だって、私の家はここの近所じゃないのだから。
「昔、この公園でよく遊んでたんだ」
「の家ってこの近所だったけ?」
私はゆっくり首を横に振る。
「私の家はこの隣町。近所に遊べる公園がなくて、昔はよくここまで遊びに来てたの」
真田くんは興味なさげにふーんと鼻を鳴らした。
さっきから心臓の音がやけにうるさい。今、真田くんが目の前にいることが未だに信じられなくて、頬を抓りたくなる。
もう、諦めていたのに、この想いは心の奥にそっと納めておこうと思っていたのに……。これは願ってもないチャンス、そして、きっと最初で最後のチャンス。
私は無意識のうちに握り締めていた拳をほどき、また、ゆっくり握り締めた。その手は緊張で汗ばんでいる。そして、想いを伝えるなら今しかないと、私は意を決して口を開けかけた時、
「俺も昔、この公園でよくサッカーしてたんだ」
紡ごうとした言葉は音を発することなく、代わりに出てきたのは私の「えっ?」という間の抜けたような声だった。
「サッカー……?」
「ここで初めてサッカーに出逢った。ここが俺の原点なんだ」
あっ……!
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
「かずまー、ボールこっちによこせっ!」
「うるさいっ、おれがいく!」
「私……、知ってる」
「えっ?」
過去の記憶が一気にフラッシュバックしてきた。
私はブランコが大好きで、この公園に来ると必ずブランコに乗って遊んでいた。目の前でサッカーボールを蹴り合っている自分と同じ年くらいの男の子たちを眺めながら。その中に”かずま”という男の子がいたことを、私は今、思い出した。
「私、知ってるよ」
すると、虚を突かれたようにぽかーんとしていた真田くんも、何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げた。
「もしかして、お前……。いつもブランコで遊んでいる、赤いスカートをはいた……」
今度は私が虚を突かれる番だった。
そして私は、一気に緊張の糸がほどけたようにふっと笑って頬を緩ませた。
「何、急に笑い出してんだよ。俺、なんか変なこと言ったか?」
「ごめん、そんなことないよ。ただね、」
なんだ、
「私たち、そんな前に出逢っていたんだなと思って」
「それがそんなに笑うことなのか?」
「うん。これも何かの縁なのかな、それとも巡り合わせなのかな……」
私がひとりで誰に言うわけでもなく呟いた。もちろん、真田くんはさっぱり意味のわからないものだったと思う。
「あのね、真田くん、」
もう難しく考えるのはやめよう。今なら素直に言葉に出来るはず。
「私、ずっと前から真田くんのことが好きだったんだ」
言葉にしてみたら、思ってたより難しいものではなかった。そして、その言葉はたしかに音になって真田くんの元に届いたのだろう。それを証拠に真田くんは、本日最高の虚を突かれたような顔をして立ちつくしている。
私は中学1年生の時に真田くんに恋をした。(その感情を認めたのは3年生になってからだけど)でも私たちは、もっと、ずっと前に出逢っていたんだ。もしかしたら私は、その頃から真田くんが好きだったのかもしれない。だって私は、サッカーをしていた男の子の中で、”かずま”という名前しか覚えていないのだから。
そのあと、私は真田くんの答えを聞くこともなく、携帯のアドレスだけ交換して別れた。
何も今すぐ付き合いたいわけではない。それに今は全く望みがないというわけではなくなった。それだけで私は十分だ。
私の中にある、恋という名の小さな種は、ようやく芽を出し陽を浴び始めた。
すべたはこれからだ。
はじまりはここから
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2011.08.31