鬼だ。社畜だ。犬畜生め……。
先ほどからわけのわからない単語が頭の中を駆け巡っている。
頭の悪そうな上司のせいで連日、残業が続いていた。自分のことを棚に上げるような言い方だが、どうしてこうも世の中にはバカな大人ばかりなのだろうか。要領良くって言葉を知っているのだろうか。と、日々思ってしまうほど、の職場は抜けてる連中が多かった。もちろん、何事にも要領が良くて、とても能力のある人もいるにはいるのだが、残念なことにとは違う部署だった。

時刻は夜の十時半。は今日もイライラしながらマンションの階段を上っていた。十一階建てのマンションだが、の部屋は三階にある。この程度ならエレベーターに乗るよりも階段を利用した方が早い。
そして自室の前のたどり着くなり、鍵穴に鍵を差し込み捻る。ドアを開けた瞬間、思わずおなかがぐぅ〜と鳴ってしまうような、おいしい匂いが漂ってきた。足元を見れば、男物の靴が一足。

「あ、お帰りなさい」

細長い廊下を進んでリビングに入ると、さもそこにいるのが当然であるかのように、つき合いの長い彼がいた。

「テツヤ、来てたの? それにこの匂い……。これ、テツヤが作ってくれたの?」

テーブルの上には出来立てのご飯が並んでいた。
季節は冬で、外は息も凍るような寒さだったが、ここは黒子がいてくれたおかげであたたかい。

「はい。さんは疲れて帰ってくるだろうと思いましたから。さんが作った方が絶対おいしいんですけどね」
「そんなっ……。嬉しいよ。ありがとう」

先ほどまでのイライラも、身体が重くなるほどの疲れも一気に吹っ飛ぶ。大げさに笑うことがない黒子だけど、いつも優し気に微笑みかけてくれる柔らかな笑顔がは好きだった。
は急に軽くなった身体を弾ませながらコートやバッグを置きに行き、洗面所で手を洗ってから急いでダイニングに戻ってきた。

「大したものを作れなくて申し訳ないです」

黒子がそう言う通り、テーブルの上には白いご飯にみそ汁、目玉焼きと、まるで朝食のようなメニューが並んでいた。たしかにディナーにしては質素だが、時間を考えれば朝食くらいの軽めなものがちょうどいいのかもしれない。それに本音はそんなことはどうでも良かった。黒子が自分のことを考えながら準備してくれたことが何よりも一番嬉しかったからだ。

「謙遜しないで。私はすごく嬉しいよ。テツヤはもう食べたの?」
「いえ、まだです」
「じゃあ一緒に食べよ」

そう言って向かい合うように座れば、もはや夜食に近い晩ご飯の始まりだ。
一口ずつ丁寧にご飯を口に運んでいく黒子は、まるで女の子みたいな食べ方だ。それでいて時折、男らしいところを見せてくれるものだから、そのギャップに何度もやられそうになる。こんな風にご飯を準備してくれるところも、らしいと言えばらしいし、意外だと取れないこともない。その絶妙なバランスが彼の魅力なのだろう。

「再来週くらいになれば、私の仕事も落ち着いてくると思うんだ」
「ほんとですか? それは良かったですね」
「うん。だから今度は私がご飯準備して待ってるね」

どんなに仕事でへとへとになったとしても、誰かが自分の帰りを待っててくれてるという、たったそれだけでのことだけで不思議と頑張る力が沸いてくる。
持ちつ持たれつ。ふとそんな言葉が浮かんでくる。日々、支えてもらってる分、ちゃんと恩返しをしたい。黒子の小さな笑みを見ていると、自然とそんな風に思えた。

「それは朗報ですね。再来週がとても楽しみです」

頑張るキミへ 黒子ver



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赤司くんと同じシチュエーションで、黒子くんバージョンです。もちろん、こちらも自分のために書いたものですので、かなり短文です。そして何気に初黒子くんのお話です。テツヤと書くのが斬新というか、なぜか赤司くん(神谷さん)の声で「テツヤ」とずっと脳内再生されておりました。たぶん、友人(オン友さん)と一緒にいる時に黒バスアプリで遊んでいて、赤司くんの「テツヤ……」と呼ぶところを何度も再生したせいです。
2017.02.12