時刻は午前2時。航空障害灯の赤い点滅が散りばめられた大都会の中、環状線を走る車窓からは寝静まった夜の景色が流れていた。大都会なだけあって、走っている車は他にも何台かいる。
ハンドルから手を離さないまま助手席に座る彼女であるを横目で見てみると、深い寝息を立てて眠っていた。少し寝心地が悪いのか、眉間にしわを寄せている。そんな姿を見て安堵と不安がない交ぜになったような感情がこみ上げてきた。


まさか自分が特定の女性にこんなにも固執する日が来るだなんて、数年前の自分からは想像もできなかった。取り立ててできる女というわけではない。それでもなぜこんなに好きなのか。何度も自分に問いかけてみたが、答えが出たことは一度もなかった。理屈ではないのだ。惜しみなく向けてくれる笑顔も、時々言う困った我がままも、全てが”だから”という理由だけで愛おしく思える。好きが大きすぎてが潰れてしまうのではないか。にとって重荷になっているのではないか。そんな風に思う自分がいて赤司は自嘲の笑みを浮かべた。

―― まさか、この僕が未来に不安を抱く日が来るなんてね。

との将来について考えたことは幾度となくあるが、話し合ったことはなかった。が将来について何を考えているのかわからないのもまた、不安をさらに増長させていた。死が二人を分かつまでこのまま添い遂げたいという強い意志はない。だからといって、が隣にいない人生は考えられない。結局のところ、とこのまま一緒にいたいということなのだろう。が自分を選んでくれる保証なんてどこにもないのに、そう願う自分がいた。


都心部を抜けて景色が開けてきた。赤司は追い越し車線から左の車線に戻り、ウィンカーを出した。カチカチという音が夜の静寂によく響く。環状線から一般道に降りて最初の信号に引っ掛かり車は止まった。サイドブレーキをかけた赤司は手を伸ばし、の頬にかかる髪をよけてあげると、は重たそうに瞼をうっすらと上げた。

「起きていたのかい?」
「うん、さっき」
「もうすぐのマンションだよ。それまでゆっくり休んでていいよ」
「ん……」

そうは言うものの、焦点の合わないはまだまどろみの中にいるようだ。信号機が青に変わり、車は再び走り出す。は焦点の合わないままの目でじっと赤司の横顔を見つめていた。

「ねぇ赤司くん。どうしてそんな不安そうな顔をしているの?」

走り出してしばらくしてからは突然そう言い出した。驚いた赤司はハンドルを握る手を一瞬震わせた。からそんなことを訊かれると思ってなかったことはもちろんだが、何よりも自分が不安そうな顔をしていると言われたことに一番驚いた。

「どうしたんだい、急に。もう少し眠っていてもいいよ」
「そんな顔をさせてしまったのは私のせい?」

会話がかみ合っていなかった。赤司は動揺を隠すようにアクセルを強く踏んだ。のマンションはもう目の前だ。今日は少しはしゃぎすぎた。きっと疲れているのだろう。だからそんな突拍子もないことを言い出したんだ。

「着いたよ、

車を路肩に止めてエンジンを切る。車が止まってもシートベルトを外さず動く気配を見せないにひとつため息をこぼしながら赤司は助手席にまわってを車から引っ張り出した。目はまどろんだままだったが、足取りは意外としっかりしていた。そのまま手を引いてを部屋まで連れていく。預かっている合鍵で部屋の鍵を開け、をまっすぐベッドまで連れていった。

「今日はお疲れさま。僕は帰るからね。眠る前に着替えるんだよ」

ベッドの隅に丸められていたルームウェアをに渡し、赤司はに背を向けた。するとは服の裾を掴み、出ていこうとした赤司を引きとめた。

?」
「私ね、思うんだ。未来のことなんて全然わからないけど、今がこのままずっと続けばいいなって」

これはまどろみの中で見せてくれた夢なのだろうか。今、目の前にいるが愛おしくてたまらない。やっぱりが好きで、以外なんて考えられない。未来に不安ばかりを抱くよりも、今、この瞬間の気持ちを大事にしたい。今を大事にし続ければ、それは永遠につながる。こういうの考え方がたまらなく好きだ。赤司は反転しかけていた身体をの方へ向け、そのやわらかい頬にそっと手を添えた。そしてそのまま触れるだけの口づけをひとつ落とした。

「ありがとう。気持ちが軽くなったよ」
「よかった」

赤司はを軽く抱擁し、そのぬくもりを感じるようにの首元に顔をうずめた。このぬくもりを感じるのはこの先の生涯、自分一人だけで十分だ。他の誰にも渡したくない。

「それじゃあ、今度こそ僕は帰るよ」
「うん、今日はありがとう。気をつけて帰ってね」
はゆっくり休むんだよ」

赤司はもう一度触れるだけのキスを落としての部屋を後にした。

まどろみの中の夢



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あとで読み返してみて思いました。なぜ私はサイドブレーキなんて書いたのだろうか…。ふつう、信号で止まる度にサイドブレーキかけませんよね。たぶん、書いてる時マニュアル車とオートマ車がごっちゃしてたんだと思います。「ギアをニュートラルにし」に書き換えようかとも考えましたが、響きがイマイチなのでそのままアップします。あと、個人的にはマニュアル車を運転している人の方がかっこいいと思っているのですが、赤司くんに限ってはオートマ車の方が似合う気がしたので。マニュアル車は高尾くんに運転して欲しいです。
2014.09.03