「」
「んー……」
「楽しいかい? それ」
「……うん」
気のない返事をしたの手の中には、横向きになったスマートホン。赤司の言う『それ』は、そこに映し出されているゲーム画面のこと。夕食を食べ終えてから、かれこれ一時間はこんな状態である。少し前に「あああっ、SRが一枚しかこなかったああああっ……!」と頭を抱えていたので、てっきりそこでゲームは打ち切るものなのだとばかり思っていたのだが、甘かった。気持ちの切り替えが早いというべきなのか、気を取り直すのが早いというべきなのか、この際、どちらでも構わないが、とにかくはずっとその小さな画面に夢中になったままだった。
そんなを見て赤司は小さなため息を零し、キッチンへと入っていった。
「ほら、」
コトッとテーブルに置かれたのは氷の浮かぶ麦茶のグラス。置いた衝撃で、カランと氷どうしがぶつかり合う音が鳴った。
「あ、ありがとう」
ちらっと視線をグラスに投げてお礼は言うものの、その声音は相変わらず気持ちがこもっていない。赤司は二度目のため息を吐き、空になった古いグラスを手に、再びキッチンへ向かった。
グラスを洗い、棚に戻すと、今度は自分用のコーヒーを淹れる。ここはが一人暮らしをしているマンションだが、勝手知ったる赤司は、段取りよくコーヒーメーカーをセットし、カップを取り出した。メーカーを使うと多少時間はかかるが、どうせ時短したところでの調子はきっと変わらない。
グツグツとコーヒーが抽出されていく音に耳を傾けながら、赤司は今し方投入したコーヒーのパッケージを眺めた。それは以前、がふらりと立ち寄ったカフェで飲んだコーヒーがおいしかったらしく、自宅用として購入してきたものだった。「赤司くんと一緒に飲みたくて」と言って渡された時のことを思い出し、赤司は一人、誰に向けるわけでもない笑みを零した。
あの麦茶はどのくらい減っているだろうか。もしかしたらまだ一口もつけられていないかもしれない。そう思いながらも、赤司は棚からもう一つカップを取り出した。
トレイに湯気の立つカップを乗せ部屋に戻ると、は先ほどと変わらない態勢でまだゲームを続けていた。麦茶は予想通り、手つかずのまま。結露でグラスのまわりには水たまりができていた。
赤司は本日三度目のため息を零し、トレイをテーブルの上に置く。少し乱暴になってしまったようで、ガシャンとそれなりにいい音を立てた。それでもなお、の意識は小さな画面の中のままで、さすがの赤司もだんだん腹が立ってきた。
「。いつまでそうしているつもりなんだい?」
「あと、ちょっと。……ちょっとでこのイベントがクリア……って、ああああっ」
赤司はからスマホを取り上げた。そして容赦なく画面を消し、キャビネットの上に置いた。
ゲームといった類のものを一切やらない赤司にとっては、何がそこまでを夢中にさせるのかがさっぱりわからない。時折、が口にする10連ガチャやイベントという単語の意味も不明だ。そもそもガチャとは、ゲームセンターやショッピングモールの片隅に並んでいて百円玉を二、三枚投入するあのことではないのだろうか。
「赤司くん、ひどい」
「……そうかな?」
「あと、ほんとにちょっとだったのに……」
「いつまでも空気にされていた俺の身にもなって欲しいんだが」
そう言うと、は目を泳がせた。今まで赤司を空気にしていたことにまったく気づいていなかったらしい。
「もしかして、怒ってる?」
「そう見えるのなら、そうなんじゃないのかな?」
「……いじわる」
「なんとでも。……ほら、コーヒー淹れてきたから、一緒に飲もう」
「え、ほんとだ! どうりで良い香りがすると思った」
今気づきましたと言わんばかりに、はカップに手を伸ばした。少し冷めてしまったが、猫舌のにはちょうど良い温度になっているだろう。
両手でカップを持ち、飲める温度かどうか口を近づけて確かめるは素直にかわいいと思う。
「あ、でもこの時間にカフェイン取ったら眠れなくなっちゃう」
舌先をちょこんとコーヒーにつけたところで、は懸念の声を上げた。赤司は口許に深い笑みを浮かべ、カップをテーブルの上に戻し、妖艶な瞳でを見つめた。
「眠る必要なんてないだろう」
「えっ?」
「今夜は楽しませてくれないと困るよ」
そう言うと赤司は、の手からカップが落ちないように上から自分の手を重ね、その唇を奪った。たちまち苦味が広がったのはコーヒーのせいである。
ライバルは小さな箱の中
―――――――――――――――――――――――
赤司くんがヒロインにかまってもらえなくてモヤッとするお話を書いてみたくなって書いてみました。私自身、スクフェス以外のソシャゲをほとんどやったことがないので詳しくはないのですが、ヒロインがやってるのはFGOみたいなのかなぁという勝手なイメージです。Fateは好きなんですけど、FGOはやらないと誓っています。だって、私のまわりでFGOに手を出した人はもれなく全員、課金勢に成り下がっているんだもの……。
2017.07.23