仕事でへとへとになった身体を引きずってマンションのエントランスに入ると、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
聞いただけで疲れがサッと飛んでいってしまいそうなほど愛しいと思う声。そして紡がれる自分の名前。
振り返れば、同棲を始めてから一年ほど経つ彼がいた。
彼もちょうど今帰ってきたところらしく、シックなコートとマフラーに身を包み、ビジネスバッグを手に下げている。

「今、帰りかい?」
「うん」
「随分遅くまで働いているんだね」

夜道を歩くのが心配だよ。とでも言いたげな表情を見せてくれるのはいつものこと。そして赤司の帰りが遅いのもいつものことだった。
の仕事の帰りには波があった。早い時は早いが、ひとたび大きな仕事が入ってくれば、連日、帰りは深夜に及ぶようになる。まさに今がその時期だった。

赤司はに微笑みかけると、が押すはずだったオートロックの解除番号を手早く打ち込んだ。一緒に並んで共用廊下を歩き、エレベーターに乗り込む。そんな些細な行動が嬉しかった。
帰りが遅くなったとしても朝が遅くなるわけではない。帰宅したら軽くおなかを満たし、お風呂に入る。歯磨きをして髪を乾かしたら即ベッドにイン。そんな日々を過ごしていると、おのずと同棲をしていてもすれ違いに近い状態になってしまう。まともに顔を合わせるのは朝だけで、寂しくないと言ったら嘘になる。
だからこそ、こんな風にエントランスで一緒になるのは、にとって大きな喜びだった。

マンションの最上階の角に位置する部屋に入ると、途端に気が抜けていく。やっと落ち着ける場所に帰って来れたという感じだ。
いつもならすぐに手を洗ってキッチンに立つのだが、今日ばかりははダイニングテーブルに腰を下ろすなり、だらしなくそこで突っ伏してしまった。
疲れたと言ってしまうのは簡単だけど、一度その言葉を漏らしてしまうと際限なく言ってしまいそうで、ネガティブな言葉はなるべく口にしないようにしている。それでもやっぱり、連日こうも帰りが遅いと思ってしまう。“疲れた”と。
「あー」とか「うー」とか呻きながらしばらくそうしていると、テーブルの上に何かがコトッと置かれる音がした。そちらへ視線を向けてみれば、湯気の立ちのぼるマグカップが置かれていた。

「ホットココアだよ。これを飲んだらお風呂に入って早めに休んだ方がいい。明日も帰りが遅くなるのだろう?」
「……ありがとう」

思わず胸がとくんと鳴ってしまう。何度、赤司のこういうさり気ない優しさにときめいたことか。はゆるゆる身を起こすとカップを手に取り、一口、喉の奥へと流し込んだ。程よい甘さが疲弊した身体に浸透していく。
ふと見ると、赤司も手にカップを持っていた。でも漂ってくる香りがの持っているものとは違う。

「征十郎は何飲んでるの?」
「俺はコーヒー。……は駄目だよ。はカフェイン取ったら眠れなくなるだろう」
「うっ……」

いいなぁ。と恨めしそうに眺めていると、赤司からお咎めの言葉が返ってきた。ココアも好きだけど、どちらかといえば渋いコーヒーの方が好きなのだが、赤司の言う通り、は夜にカフェインを取ると眠れなくなるタイプだった。

「コーヒーは次の休日にでもおいしいお店へ一緒に飲みに行こう」
「はあい」

は唇を尖らせながらも素直に頷いて、もう一口、ココアを飲み込んだ。
次の休日が今週末になるのか来週末になるのか。それはわからないけど、新たな楽しみができたのは確かだった。それを糧に明日も頑張れそうだと思ったは、残りのココアを一気に流し込み、立ち上がった。

「カップは俺が洗っておくから、は先にお風呂へ行っておいで」

その言葉に素直に甘え、は足早に浴室へと向かった。
たまにはこんなご褒美があるのなら、連日の残業ももうしばらくは頑張れそうだ。

頑張るキミへ 赤司ver



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もはや自分のために書いたお話。日記とか他のお話のあとがきに、赤司くんには定時なんて概念はないはずだ。私も定時という概念を捨てよう。そして深夜に帰宅するとエントランスで赤司くんとばったり。一緒に家に入って、赤司くんはコーヒー。私はココアを飲む。という妄想をしていると書きましたが、それをそのままお話にしただけです。夜にカフェインをとると眠れなくなるのは私です。がっつりブラックが好きなんですけど、21時以降に飲むのは危険。

同時アップで同じシチュエーションの黒子くんバージョンも書いております。こちらも赤司くんと同じタイミングで妄想していたもので、似たようなお話になってしまうから書くのは赤司くんか黒子くんのどちらかだけにしておこうと思っていたのですが、選ぶことができず、結局、シリーズ的なかんじで両方とも書いてしまいました。
ほんの少しでもお楽しみいただければ幸いです。
ちなみにタイトルには何の捻りもございません。いつものことです。
2017.02.12