12:それでも好きだから

 



「寒っ。うぅ……雪が降り出しそうな寒さだね」

 隣で縮こまるを見やり、それから天を仰いだ。分厚い雲が低空に広がっている。あたりが暗くてもそうとわかるくらい、今にも降り出しそうな空だった。

「そうだね。そういえば、天気予報でも今季で一番の冷え込みだと言っていたな」
「うわ、それ知りたくない情報」

 心底嫌そうな顔をしているだったが、その手には手袋をしていない。赤司は問答無用でその手を取り、歩き出した。予想通り、の手は氷のように冷たくなっていた。

「大丈夫さ。これだけ暗ければ、そう目立たない」

 周りを気にしてきょろきょろするにそっと語りかければ、「そ、そうだよね」と同意して身体を寄せてくる。それでもしばらくは落ち着かない様子だったが、お互いのぬくもりが溶け合う頃には、あたりを気にしなくなっていた。
 こうしてと触れ合っていると、柄にもなく鼓動が早くなるのはどうしようもない。

「良かった。今日、こうして赤司くんと帰れて」

 突然、呟かれたその言葉に視線を落とせば、の大きな瞳とぶつかる。

「ウィンターカップ直前だし、こうして会うのは無理かなって思っていたんだ」
「そんなことはない。会う時間なんていくらでもつくれるさ」
「そっか。そうだよね。四六時中、バスケしてるわけじゃないもんね」

 フッと笑うと同時に、の口許から白い息が零れた。
 そうは言いつつも、ここ最近は一緒に帰れない日の方が多かったのも事実だった。それに不満を言うことのないだからこそ、時々不安になる。本当は無理をしているのではないかとか、たかが高校生のつき合いなんだからと割り切っているのではないかとか。真実を知る術もなく、ただひたすら想像の世界だけで一喜一憂を繰り返してしまうのは、やはりが好きだという気持ちが大きいからだ。

「移動日はいつ? 前日?」
「ああ。22日に移動する」
「いよいよ集大成だね。私の方が緊張しそう。学校でチャーターするバスに乗って応援に行くから」

 高校3年間で正真正銘、最後のタイトルをかけた戦いがもう間もなく始まる。それが終われば、あっという間に受験、そして卒業だ。恋人どうし、同じ大学に進学するというのは、合わせようとしない限りはないだろう。も赤司も、そんな浅はかな理由で進学先は選んでいない。つまり、二人の卒業後の進路は交わっていなかった。それならばせめて、近い大学であればと願ったが、無情な世の中はそれすらも叶えてくれなかった。

「私も、東京の大学に行きたかったな」
「仕方ないだろう。親御さんの意向なら」
「過保護すぎるのよ。東京に出るのは就職してからでも遅くないって」
「京都は良い学校がたくさんあるからね。わざわざ東京に出なくても京都で事足りるってことではないかな」
「……赤司くん、どうしてうちの親の肩を持つの?」

 それは違う。決しての親の肩を持ったわけではなかった。そう自分に言い聞かせなければ、の手を離せそうになかったからだ。
 考えたくはないが、もし、が耐えられそうににと言って別れを切り出してきたら受け入れるつもりでいた。だが、そう簡単に割り切れるものではないと、最近は日に日に感じるようになっていた。
 今だって数分後にはこの手を離さなければならないのが嫌だというのに、数ヶ月も会えなくなる日がもうすぐそこまで迫っているのだと考えると胸が苦しくなる。二人の分かれ道は、もうすぐそこだ。
 お互いの分岐点まで来ると、どちらともなく二人の足は止まった。

「少し、寄り道しようか」
「……うん」

 いつもとは違う道に反れ、真っ直ぐ進んでいくと、それなりに有名な寺院の前に出る。高台寺や東福寺ほど名所として扱われないが、それでも秋になればここの境内も一面、紅に染まる。
 しかし、今はその葉はすっかり落ち、丸裸になった木々が立ち並んで寂しさをかもし出していた。

「寂しいね。でも、きれい」

 寂しさの中にも美しさがある。この情景をきれいと言えるの心は、きっと素直で美しいのだろう。
 もしかしたら、これから待ち受けている寂しさは、二人を幸せへと導くエッセンスなのかもしれない。冬の寂しさがあるからこそ、春の桜や夏の新緑、秋の紅葉がより一層華やぐように。
 その時、ふと肩に重さを感じた。が寄り添い、頭を赤司に預けている。
 この木々が桜色に染まる頃、こうしての隣に立っていることができないのだと、なぜか今、無性に感じだ。

「正直言うとね、遠距離恋愛に自信なんてない。そんなものに赤司くんを縛りつけるくらいなら、別れるのも一つの選択肢なのかなって思ったんだけど、」

 その言葉にどきっとした。ついにこの瞬間がきてしまったのかと。しかし、の言葉は異なる方向へ進んでいく。

「ごめんね。やっぱり無理みたい。私、赤司くんが好き。ずっと好き。もっとずっと一緒にいたい」

 初めて聞くの本音に、赤司はただただ言葉を失うばかりだった。
 が別れを望んだらそれを受け入れるつもり? 馬鹿を言え。そう簡単に離すことができるのなら、最初からつき合ってなどいない。

「要らぬ心配だな」
「えっ?」
以上にと一緒にいたいと望んでいるのはオレだよ。この手は離してと言われても離さない」

 だから……、だから、今日という日をどうか一緒に祝って欲しい。そんな願いを持つようになったのも、がいるからだ。こんなにも誰かに自分の誕生日を祝って欲しいと願う日が来るなど、数年前の自分に想像できようか。心から他人を想える日が来た時に初めて自分の生命に感謝できるのだと、身をもって知った。
 
「あっ」

 と見つめ合い、心の中でひたすら己の願いを乞うていると、の顔がぱっと明るくなった。

「雪だ!」

 上空からちらちらと舞う雪を見て瞳を輝かせる。京都で雪は何も珍しいものではない。だが、今この瞬間、このシチュエーションを後押ししてくれるには最高のスパイスだ。先ほどまで沈んでいたがこんなにも明るくなったのだから。

「ホワイトクリスマスならぬ、ホワイトバースデーだね。赤司くん、お誕生日おめでとう」

 幾重もかけられている心のかせを、の笑顔が一つずつ取り外していってくれる。この先にどんな困難が待ち受けていようと、今の気持ちを忘れなければ乗り越えていけるような気がした。結局は何があってもが好きなのだ。今はその気持ちだけで充分だというのに、はさらに言葉のプレゼントをくれる。

「赤司くんを好きになって、赤司くんに好きになってもらえて良かったよ。ありがとう」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

 ありがとうとたくさん伝えたいのは、こちらの方だ。