08:あなたが好きで良かった

 



 今日一日の練習を終え、体育館の鍵を職員室へ戻しにいくと、生徒会室の鍵がまだ戻ってきていないことに気がついた。大方、誰が残っているのかを想像するのは難しくない。だからこそ、赤司はそのまま真っ直ぐ帰るつもりでいた足を迷わず生徒会室の方へ向けた。
 生徒会室は校舎の三階に位置している。近くまでくると、ドアの小窓から灯りが漏れていた。辺りが暗くなった校舎の中では異様な雰囲気をかもし出している。その異様さに臆することはないが、これが夜の学校がよくホラーの舞台にされる所以なのだろう。

 赤司は取っ手に手をかけ、ガラリのドアを引いた。控えめに引いたつもりだったが、静まり返った校舎ではいつもの三倍増しくらいの音が響いた。その音と赤司が突然現れたことに驚きつつも、中で作業をしていたは「お疲れさま」と微笑んだ。

「まだ残っていたのか。ずいぶん熱心だな」
「今日はなんだか調子が良くて、このまま一気に書いてしまいたかったの」

 洛山高校では生徒会便りが月に一回発行される。それは書記と広報を担当しているの仕事だ。提出期限まではまだ日があるのにこんな時間まで詰めていたのは、そういう理由だったのか。

「あとどのくらいだ?」
「この一行でもう終わる」
「そうか」

 赤司は長机に軽く腰を乗せ、待つ態勢に入った。それを見て、は不思議そうに首を傾げる。

「帰らないの?」
「もうすぐ終わるのだろう? 待っているよ」
「え、でも、赤司くん寮でしょ? 私の家は反対……」
「今何時だと思っているんだ? 送っていくに決まっているだろう」
「いいよ。そんなことしてくれなくても。早く帰って休んでよ」
「そう思うのなら、早く終わらせてくれ」

 は何か言いたそうに赤司の顔をじっと見つめていたが、やがて観念したようにキーボードを叩き始めた。そして何度かマウスでクリックし、パソコンの電源を落とした。

「赤司くんのその自信って、どこから出てくるの?」
「自信? 質問の意味がよくわからないな」
「だって赤司くん、私を送らないなんて選択肢持っていなかったでしょ。最終的には私の方が折れるって」

 カバンに筆記用具などを片付けながら、は唐突に切り出してきた。自信があるとか自信がないとかそんなこと考えたことなかったが、言われてみればその通りなのかもしれない。だが、

「いつも自信を持っているわけではないよ」
「信じられないな。本当に?」
「本当さ」

 例えば今とか。
 赤司は長机から腰を上げ、の方を向いた。は肩にカバンをかけ、生徒会室の鍵を手に取ったところだった。

「オレにだって一つや二つ、自信を持てないことがあるさ。だが、もし、君が肯定してくれるのなら、持てるようになるのかもしれない」
「何それ」

 変なの。とはクスクス笑い始めた。そしてぎこちなく台本のセリフを読むように

「大丈夫。赤司くんなら絶対大丈夫だよ。……これでいい?」

 と言ってきた。彼女のこんなところが赤司は好きだった。真面目な印象を振りまきながら、時おり、馬鹿っぽいことをして子どもみたいに笑うところが。

「ああ。ありがとう。最高に勇気が湧いてきたよ。せっかくだから勇気づけられた勢いで言わせてもらおう」

 生徒会室のドアを施錠して二人で並んで廊下を歩く。非常灯しか点いていない廊下はかなり暗かった。

「君が好きなんだ。つき合って欲しい」

 その瞬間、の足がぴたりと止まった。赤司も釣られて立ち止まり、の方を見ると、の瞳がゆっくり見開かれていくのがわかった。それを見て思う。やはり完全なる自信を持つのは難しいものなのだな、と。