これはいつか原作沿いでお話を書いてみたいと思い、密かに少しずつ書き留めておいたお話の一部です。ただでさえ、10話程度のお話を書くだけでも多大な時間を費やしてしまうのに、原作沿いだなんて……。と思っているところもあり、正直、日の目を見るかどうかがかなり怪しいです。でもせっかく書いたお話。この機にサンプル感覚で載せてしまうことにしました。もちろん、お相手は赤司くんです。
もし、本当に掲載する日が来るとしたら、原作と同じように高校から進めていくつもりです。しかし、私はどうにも時系列に沿わないとお話が書けません。そういうわけもあって、日の目が出るかどうかが怪しいというのもあります。なので、以下のお話は帝光に進学したばかりのいっちばん始めの頃のお話になります。
もし、これを読んで頂いた方から何かしらの反応があれば、今までよりも比重を置いて書き進めていきたいと思っています。 が、何はともあれ、少しでも楽しんで頂けることが一番の幸いです。
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あなたは運命を信じますか?
あの頃のわたしは、半分信じて半分信じていなかったように思う。
運命の赤い糸だなんて、ただの夢物語でしょ? ほんの少し前までランドセルを背負っていたくせに、ちょっと大人ぶってみたりして、そんな醒めた意見を持っている自分がかっこ良いと思っていた。
それでもやっぱり小学生。運命の赤い糸に、心のどこかで憧れを持っていたのかもしれない。
※
中学校に上がって、毎日が充実して楽しかった。公立小学校出身のわたしは制服というのが新鮮で、最初は、何だこの堅苦しい召し物は。と思ったけど、それにもだいぶ慣れてきた。慣れてしまえば制服はラクチンである。小学校高学年くらいから自分の着る服にこだわりを持つようになって、毎朝毎朝、クロゼットを開いて洋服選びをするのが面倒だったのだ。もうその心配もいらない。制服一択である。
新しい友達もできて、勉強の方は……そうね。算数から数学と、何となくレベルアップしたように思える名称に、「数学」と口にするだけでちょっとだけ頭が良くなった気分になってみたり。まぁそんなかんじに、ジュニアハイスクールライフを楽しみ始めている。
帝光中学校はとにかく広くて、校内を探検するだけでも充分すぎるほど昼休みを堪能することができた。
そしてその日もはクラスの友人たちと群がって校内を探検していた。もっと奥まで行ってみたいところだったが、午後一発目の授業は時間に厳しいことで有名な先生の授業(社会)だったこともあり、早めに探検を切り上げて教室に戻ってきた。
この時間帯にしてはいつもよりにわかに騒がししい教室。たちと同じように、早めに戻ってきている生徒が多いようだ。
机と机の間を談笑しながら歩いていると、女子特有の甲高い声が耳に障るようで、緑間真太郎はしかめっ面を披露してくれた。まぁ、これはいつものことだから気にもならない。
ただ、その日は緑間の正面に来客がいた。年不相応なオーラを放ち、赤を象徴とした少年。見た瞬間に、あ、この人がそうなんだ。と思った。
この学校……というか、と同じ学年にはすごい生徒が四人いる。バスケットボールにおいて、類い稀なる才能を持つ人たち。帝光バスケ部は全国屈指の強さを誇る部で、選手層は他を圧倒するほど群を抜いている。一年生で一軍に入ったものは創部以来一人もいないと聞いていたが、この四人は揃いも揃って、しかも入部早々、一軍に名を連ねたらしい。
そうとなれば、無関心だったとしても、勝手に噂は耳に入ってくるものだ。
その四人のうちの一人が我がクラスメイト、緑間真太郎。そして、おそらく正面にいる赤い少年もその一人。しかもこの人は一軍どころか、副主将に抜擢されるほどの、からしてみたら雲の上どころか天を貫き通してしまいそうなほど上にいる存在だ。
噂を聞いた時からそう思っていた。
思っていたはずなんだが……。
ぱちっと、その赤い少年と目が合った。
その瞬間、世界が百八十度、回転したような錯覚に囚われた。どう表現したら良いのかわからないほどの、突き抜けるような衝撃。人生の分岐点はどこかと訊かれたら、きっと、今日になるに違いない。たかだか十二、三年ほどの人生で、そんな瞬間を迎えてしまった。
「どうした、赤司」
「いや、何でもない」
目が合ったのはほんの一瞬。二人の会話が聞こえた時にはもうお互いの視線は交わっていなかった。
何事もなかったかのように二人の脇を通り抜け、自分の席に着き、社会の教科書とノートを取り出す。頬杖を突きながら、黒板を見るふりして二人の姿を視界の端に収めた。
「オレはそろそろ教室に戻るよ。貴重な時間をもらって悪かったね」
「別に構わないのだよ」
「また、放課後」
去っていく赤の背中を見送りながら、は机に突っ伏した。
赤司征十郎。家は日本で有数の名家だと噂で聞いたことがある。嘘か誠かを判断する材料はないけれど、赤司の風格を見ていれば、限りなく誠に近いのだろう。というのがの見解だった。
それに対しての家はごく一般の家庭。民間企業で働く父と、日中パートに出ている母。そして一つ年下の弟が一人。
取り巻く環境に差がありすぎる。きっと、今の直感のようなものは気のせいだ。そう思うのに、未だ収まらない胸騒ぎ。そもそもこんな言い訳じみたことを考えていること自体が謎すぎる。
そんな風にもやもやしていると授業開始のチャイムが鳴り、いつもと寸分狂わないタイミングで社会の先生が教室に入ってきた。
はむくりと身体を起こし、教科書を開いた。
※
「隣、いいかい?」
人気のない図書室で本を読んでいると、どこかで聞いたことあるような声が頭上から降ってきた。昼休みの真っ只中、試験期間中でもない図書室を利用している生徒はほとんどいない。の周囲の席はがらんどうだ。
―― これはわたしに向けられているのよね?
見上げてみれば、視界に広がる赤。つい先日、教室で見かけた色だ。
は状況を飲み込むのに時間を要した。口が半開きになり、間抜け面で声の主を見上げたまま数秒固まる。
「聞こえているかい?」
「あ、はい。どうぞ」
小首を傾げる彼を見て、我に返ったは返事をして再び本に視線を落とした。だが、何一つ文章が頭に入ってこなくなった。
この展開は何なんだろう。どうして人の寄りつかない図書室にこの人は来たの? 席なんて腐るほど空いているのに、「隣、いいかい?」だなんて誰が聞いてもおかしな発言だ。
もちろん、は気づいている。これはただの“口実”だってこと。
そしてこういう展開を自身、潜在意識の中で望んでいたことも。
はパタンと読んでいた本を閉じた。
「もう読まないのか?」
「だって、わたしに用があって来たんでしょ?」
それにこんなガラガラな図書室の中で隣に座られていたら、落ち着いて読書なんてできない。
わかってるくせに。本を閉じたを見ても、少しも悪びれる様子を見せないのがいい証拠だ。
「君に会いに教室を覗きに行ってみたんだが、見当たらなくて探したよ」
「よくここにいるってわかったね」
「君の友人たちが、君がここにいるってことを話しているのをたまたま聞いたんだ。盗み聞きしたわけではないことは、先に弁解しておくよ」
休み時間はいつものメンバーで固まっていることが多いのだが、時折、今日みたいにグループの輪から外れて一人図書館で過ごすことがあった。学校生活の一部から切り離されたみたいに、ひっそりと佇む図書室の空気が好きだった。息をすることすら躊躇いを覚えるほどの静かな空間。今も極限まで声を潜めて話しているというのに、この静寂の中ではそんな努力も無に等しい。
「それで、私に何の用なの? 赤司くんほどの人が」
「オレの名前を知ってくれていたんだね」
「知らない人はいないと思うけど」
少なくとも、顔を知らなくても名前を知らない人はいないだろう。それに、顔を知らなかったとしても、見た瞬間に彼があの赤司征十郎だろうってことはたぶん誰でも気づける。が初めて赤司を見て赤司だとわかったように。
「君の名前は?」
「わざわざわたしを訪ねてきたくらいなんだから、もう知っているんじゃないの?」
「そうだね。知ってる。だが、君の口からも聞きたい」
「……」
「さんね。用ってほどでもないんだが、さんと話してみたいと思ってたんだ」
「話? わたしと?」
じーっと赤司の顔を見つめてみても、返ってくるのは柔らかい笑みだけ。が知っている赤司は緑間と話している時の姿だけで、口角が上がっている姿を見たことがなかった。
―― ただ、話すことだけが目的?
そうであるならば、ここの適所ではない。は窓の外へ視線を投げた。春の澄んだ青空が広がっている。今日のおひさまは機嫌がよろしいようだ。
「それなら場所を変えましょうか」
はなるべく音を立てないよう椅子を引いて立ち上がろうとした。その時、唐突に赤司に腕を掴まれた。半分浮いた腰は強制的に戻され、驚いて赤司の方へ顔を向けると、唇に温かいものが触れる感触。それはほんの一瞬で、抗議の声を上げる間もなかった。
―― 今のは何?
行為そのものは知っている。これがキスと呼ばれるものだってことは。が知りたいのは、その行為に至った真意の方だ。
ただただ、茫然と目を泳がせる以外、取るべき行動がわからなかった。
「来週から試験期間に入るね。そうなればオレも放課後に時間をつくれる」
それは言外に、来週の放課後にまた会おうと伝えたいのか。きっとそうなのだろう。
「邪魔して悪かったね。また来週……さん」
放心するを置いて、赤司はさっさと図書室を後にする。扉が閉まる音を聞いてから、はその場で突っ伏した。
――何しに来たんだろう。わたしと話すことが目的ではなかったの?
結局、何を話すわけでもなく、キスだけして去っていく。あの時に見せた満足そうな笑みは、の脳裏にしっかりと焼きついている。
―― 初めてだったんだけどな。
唐突に訪れたファーストキスは、夢見ていた展開から程遠いものだった。えっ? と思った瞬間には終わっていた。
そっと自分の唇を撫でてみた。
びっくりはしたけど、嫌な気はしなかった。不思議なくらい、恨みも憎しみもない。それどころか……。
はっとして、は勢いよくその場に立ち上がった。無遠慮に静かな図書室内に響く椅子を引く醜い音。
身体の奥から湧き上がってくる感情。初めての感覚。
未知なる世界は恐怖以外の何者でもない。それらを払い落とすかのように、は図書室から駆け出していった。
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