京都の師走は寒い。特に朝の寒さは半端なくて、私はヒート〇ックを二枚重ねて登校している。そして学校に着いてからトイレで一枚脱ぐ。そんな日々。それ以外にもマフラーをぐるぐる巻きにして、耳あてもつけて、手袋もしている。でも、どんなに装備を厚く重ねても足元の寒さだけはどうしようもなかった。どうして女子高生の制服はスカートなんだろう。せめて冬の間だけはジャージでの登校を認めて欲しいものだ。師走でこの寒さなら、来月、再来月の寒さは……いや、寒くなったら考えることにしよう。

今日も相変わらず寒い朝だったけど、私はいつもより熱さを感じながら登校していた。“暑い”ではなく“熱い”なのは、感じてる熱さが緊張からくるものだからだ。今日がどんな日なのか。彼に興味がある人なら誰もが知っているだろう。彼……赤司征十郎の誕生日だということを。

赤司くんとはつき合っているわけではない。特別、仲が良いわけでもない。せいぜい言えるのは、タイミングが良ければ会話をする程度のクラスメイトというポジションが限界だろう。だから私が赤司くんを好きだということを、赤司くんはもちろんのこと、友人たちもおそらく気づいていない。
でも、気づかれていないからと言って、それが決して小さな恋とは限らない。私の中では未だかつてないほど恋心は膨れ上がり、今となっては自分で制御するのが難しくなっていた。

不審に思われたって構わない。せめてこのプレゼントだけはちゃんと渡したい。
私はプレゼントが仕舞われたスクールカバンを大切に抱えた。


勝負時は部活終了後の完全下校直前だ。赤司くんは帰る前に一度、必ず職員室に寄っていく。そのタイミングが一番人目につきにくいということはすでにリサーチ済みだ。中には人目もはばからず、教室で堂々と赤司くんにプレゼントを渡す人もいたけれど、私にはとてもできそうになかった。

ただでさえ放課後が来るまでも長いというのに、さらに完全下校の時間までとなると気が遠くなってしまいそうだ。それまでずっとこの緊張を抱えてなければならないのかと思うとがっくりきてしまうが、それくらいのことでへこたれているようでは赤司くんにプレゼントを渡すことなんてできないだろう。
私は帰りのホームルームが終わると図書室に籠もり、ひたすら落ち着かない時間を潰した。

そしてついに訪れたその時。

踏んでいた通り、赤司くんは職員室へ入っていった。所要時間はそんなに長くないはずだ。私は職員室の出入り口から死角になる壁に背を預け、携帯を開いた。特に携帯をいじる用があるわけではないが、ただ壁に寄りかかっているだけではあまりにも不自然になってしまうので、張っていることを隠すための偽装工作にすぎない。だから開いても何もすることがなく、無駄にメールフォルダや画像フォルダを開いたり閉じたりを繰り返すだけだった。

赤司くんが職員室に入ってる時間は大して長くないはずなのに、ものすごく長く感じたのはやっぱり緊張しているからだ。身体がバラバラになってしまいそうなほどの緊張で、できることなら今すぐここから駆け出してしまいたいくらいなのに、それでも私がここに立ち続けているのは、ただ赤司くんに「おめでとう」の言葉を伝えたいその一心だ。本気で恋をするって怖い。

やがて、職員室のドアが開いて赤司くんが出てきた。そのまま帰れるようにカバンと、今日たくさんの女の子からもらったであろうプレゼントが入った袋を手に下げていた。ちくりと胸に痛みを感じながら、私も意を決して赤司くんに声をかけようとその背中を捉えた時、私はとんでもないものを見てしまった。赤司くんは廊下に置かれてるゴミ箱の中に、もらったプレゼントを捨て始めたのだ。信じられない光景に、私はただただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

「ん? さんではないか。こんなところで何をしているんだい?」

全てを捨て終えた時、私の存在に気づいた赤司くんは私に話しかけてきた。何をしているのかと訊きたいのはこっちの方だ。

「今、何捨てたの?」
「あぁ……見てたのか」

あたかも見られてたのかという物言いだけど、嘘だと思った。おそらく赤司くんは確信犯。私に見られていると知りながら捨てたんだ。さっきまでのとは違う緊張感が私の中で走り始めている。私の好きな人って、誰……?

「僕には必要のないものばかりだったからね。……ところでさんが抱えているそれは、僕へのプレゼントかい? もらえると嬉しいんだが」

ほら、やっぱり確信犯だ。

「そうだけど、……でもどうせ渡したって今みたいに捨てちゃうんでしょ?」
「いや、捨てない」
「嘘っ……!」
「……嘘ではない。捨てないさ。……さんからもらったものは」

赤司くんはゆっくり歩を進めて、私の前まできた。

「それは、タオルかい?」

その問いかけに、声を出して答える気力がなく、私は小さく頷いた。誕生日のプレゼントにタオルだなんて、あまりにナンセンスだと思ったけど、親しいわけでもないのに立派なものを渡すわけにもいかず、これならボロボロになったら気兼ねなく捨てられるから後にも引かなくていいだろうと思って選んだ。それでも赤司くんに似合いそうなものを選んだつもりだ。
たしかにいずれは捨てられることを覚悟してはいたけれど、未使用のまま捨てられてしまうのはあまりにも悲しすぎる。

だったらいっそうのこと……

私は赤司くんの横を通り抜け、自らゴミ箱にそれを捨てようとした。だが、寸でのところで赤司くんに腕を掴まれ阻まれてしまった。

「何でっ!? どうせ捨てられるんだから今捨てたって変わらないでしょ? 後で捨てられるくらいなら今捨てさせてよっ!」
「だから捨てないと言っているだろう」
「嘘っ!」
「嘘ではない」

先ほどと同じ問答を繰り返し、私は半ば睨むように赤司くんを見つめた。赤司くんの目は変わらない。変わらないけど、教室で見るいつもの赤司くんとは明らかに違う。私が好きだった赤司くんはどこへ行ってしまったのだろう。今、私の中で渦巻いている感情は恐怖だ。

その時、赤司くんが一瞬、目を伏せたような気がした。それは気のせいだったのかと思わせるほど本当に一瞬で、次の瞬間にはひんやりとした赤司くんに戻っていた。だが、

―― えっ?

ふいに掴まれていた腕を引かれ、そのままふわりと抱きしめられた。あまりにも突然で、あまりにも想定外なことすぎて、私の思考は現状を把握することを拒み始めた。

さんが僕のことを色のある目で見ていたことには気づいていたよ。……嬉しかったんだ」

怖いと思うのに、その感情とは裏腹に赤司くんの声は甘く優しく私の脳内に浸透していく。得体の知れない何かに支配されていくような感覚に囚われた。赤司くんはいったい何を言っているの? 声を出せない代わりに心の中で呟くと、それに応えるかのように抱擁がきつくなった。

その時間は一分もなかったはずなのに、恐ろしく長く感じた。やがて抱擁は緩められ、間近で目と目が合う。赤司くんの瞳に映る自分の姿がよく見えた。そしてその距離はさらに縮められていく。

「僕に何か言うことは?」
「……お誕生日、おめでとう」
「ありがとう。最高の誕生日だよ」

お互いの吐息がかかるほどの距離で小さく呟くと、赤司くんは満足そうに笑みを浮かべた。ゼロに等しい距離はコンマ一秒後には完全にゼロになる。私に逃げる術なんてなかった。結局、一度、心から好きだと思ってしまった人のことを簡単に嫌いになれるわけないんだ。そう思った私は瞳を閉じて、甘い口づけに酔いしれた。

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