12月末。今年は24日が土曜日、25日が日曜日で、23日の天皇陛下の誕生日と合わせて3連休というロマンチックな年だった。その中日にあたるクリスマスイブ。私は最愛の人と浮かれた世の中を謳歌していた。

「うわぁ、綺麗なライトアップ。さすが、有名なだけあるね」
「そうだね」

私たちが大切な人と過ごすために選んだ場所は横浜の桜木町。目の前に広がるのはクリスマス色に染められた赤レンガ倉庫のイルミネーションだ。闇夜と輝く光たちのコントラストが、うっとりとした甘い空気をつくりあげていた。
周りには肩を抱き合うカップルたち。ここにいる誰もが幻想的な世界に誘われ、現実を忘れて恋人との時間に夢中になっていた。

、寒くないかい?」
「大丈夫……って言いたいけど、ごめん。ちょっと寒い」
「がまんはしないでくれ。に風邪を引かれたら困ってしまうよ」

赤司くんは音にならないため息を吐いて、私の腰をぐっと引き寄せた。ぴったりとくっついた身体は、コートの上からでも赤司くんのぬくもりが伝わってくる。今夜は関東の冬らしく雲一つない夜空が広がっているというのに、今にも雪が降り出しそうなほど冷えた夜だった。だけど、心はその何倍も何百倍もあたたかかった。

「行こうか」
「……うん」

ディナーは赤レンガ倉庫の中のオシャレなレストランだった。そして、実のところ、赤司くんはこれからどこへ行こうとしているのかわからなかった。
クリスマスイブはどう過ごそうか。以前にそう持ち出した時、その日のデートプランは俺に一任して欲しいと言われていたからだ。赤司くんに絶対の信頼を寄せている私の答えはもちろんイエス。赤司くんがエスコートしてくれる場所に外れはない。……いや、少し違うかな。赤司くんがそばにいてくれるなら、そこが天の上でも地の底でも構わないんだ。

歩き出すとくっついていた身体が少し離れてしまうんだよな。そんな残念な気持ちを抱えながら赤司くんに合わせて私も歩き出した。だけど、そんな心配は無用だった。赤司くんは私の腰に回す手を緩めるどころか、より一層引き寄せてきた。ちょっと歩きにくい。歩きにくいけど、幸せだ。

私は赤司くんにエスコートされるがまま進み、ワールドポーターズの前まで来た。この先は汽車道だ。水の上を進む道。日中は解放感ある道だけど、夜は闇と化した空と水面が一体となり、孤独を感じさせる空間になる。外灯もまばらで、一人で歩くには少し怖い。今日は空気が澄んだ冷たい夜なだけあって、あたりはいつも以上にシンと静まり返っている。赤レンガ倉庫の前で見せていた賑やかさは消え、ここでは物音一つ鳴らすことさえ躊躇わせるほどだった。声も自然といつもよりワントーン下がったものになる。ゆっくりとした歩幅で進む中、赤司くんはふいに立ち止まって私を水際まで導いた。そこは外灯からは離れている場所で、かろうじて赤司くんの顔が見えるのは夜目が利いているからだ。

「赤司くん?」

赤司くんの手は私の腰から離れ、向かい合うように立つ。神妙な面持ちで見つめてくる赤司くんは珍しくて、おのずと私の中にも緊張が走る。急にぬくもりを失い、寂しさを覚えた時、赤司くんの右手が私の左手に触れた。

「小さな手だな」
「何を今さら」
「だが、離したくはない」

そのまま引き寄せられ、ふいに重なる唇。

「待って赤司くん。誰かに見られちゃうよ」
「大丈夫だよ。ここは暗いから音を立てなければ気づかれないさ。それにここは恋人の聖地だ」

最後に付け足された言葉は大丈夫の理由にはならないと思うんだけど……。そう心の中で呟いた時には二度目の口づけが落とされていた。確かにここは恋人の聖地なのかもしれない。雰囲気に押されて、まぁいいかという気になってしまうのだから。

どれくらいそうしていただろう。離れてはまた重ねを何度も繰り返し、頬を撫でられ、がっちり後頭部をホールドされていた。もはや寒さなど吹っ飛び、全身に熱を帯びていく。赤司くんから与えられる熱に酔いしれる夜。そんな瞬間を聖なる日に迎えられるだなんて、なんて幸せなことだろう。それなのに、幸せはこれだけで終わらなかった。

、結婚しよう」

赤司くんと一緒にいるようになって、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、このままずっと一緒にいたいなと思うようになり、何度も夢を見た瞬間。あらゆるシチュエーションを想定して、こう言われたらこんな風に返そうとか、数えきれないほどシミュレーションを重ねたというのに、いざ、現実になってみたら何一つ実りになるものはなく、ただひたすら涙が零れるだけだった。左手の薬指のつけ根がやけにあたたかいのは、赤司くんがずっとそこを握りしめてくれていたからだ。
赤司くんはコートのポケットの中から小さな箱を取り出した。暗くてよく見えないけれど、それが何なのかわからないほど私は鈍い女ではない。

「これをここに通してもいいかい?」

その場で泣き崩れそうになるのを必死に堪えながら、私は小さく頷いた。もう赤司くんの顔も自分の左手も見ることなんてできない。できないけど、薬指にひんやりとしたものが通されていく感触だけは確かに伝わってきて、よけいに涙を止めることができなかった。堪えきれなくなった私は、赤司くんにしがみついた。

「ずるいよ赤司くん。ずるいよ。好きだよ。大好きだよ……」

伝えたい気持ちはたくさんあるのに、どれもこれもちゃんとした言葉で伝えることができないもどかしさ。子供みたいに泣きじゃくる私を赤司くんは優しく抱きしめてくれる。こんなに騒いでいたら道行く人に、何やってんだろうな。あのカップル。なんて白い目で見られてしまいそうだけど、そんなことはもうどうでもよくて、私は抱えきれないほどの幸せの受けとめるのに精いっぱいだった。

、返事を聞かせて」
「この状況で答えがノーなわけないのに?」
「それでも聞きたいんだ」

赤司くんは意外とわがままな人だ。でも、そのわがままを見せるのは私の前だけにして欲しい。そんな独占欲にまみれながら、私は赤司くんから少しだけ離れた。私の気持ちも本物だってことはちゃんと伝えたい。泣きすぎて醜い顔になってしまったけれど、ハンカチで涙を拭ってしっかりと赤司くんの目を見据える。

「死が二人を分かつまで、私と一緒にいてください」
「最高の言葉だよ。ありがとう」

左手に宿った重みは幸せへと続く無限の階段。赤司くんの微笑みがあれば、この先どんな困難が待ち受けていようとも乗り越えていけると強く思える。この手を離したくないと思っているのは赤司くんだけじゃない。私だってそうだ。


「さぁ行こうか。ここは冷える」

ひとしきり泣き終えた後、赤司くんは仕切り直すように私の背中を押し始めた。

「行くってどこに?」
「ホテルだよ」
「えっ、帰るんじゃないの?」

この汽車道を真っ直ぐ進めば桜木町駅だ。私はてっきり帰るものとばかり思っていた。

「素で言ってるのかい? は、まさか俺がこのムードを台無しにするようなことをするとでも?」
「ううん。そんなわけない。けど、ここを真っ直ぐ行けば駅だからつい」
「この道を通ったのは、俺がここを通りたかったからだよ」

聞けば雰囲気をつくるためにここへ来たかっただけだと言う。赤司くんもそんなベタでロマンチックなことを考えるのだと初めて知った。そして、それをさらりとやってのけてしまうのが赤司くんの特性なのだろう。
私は左手の薬指に意識を集中させた。だんな。夫。うちの人。そんな風に呼ぶ日がもうすぐそこまで来ている。私も赤司になるのなら、赤司くんって呼び方を改めなければならない。

には責任をとってもらわないとね」
「責任? 何の?」
「俺を君に夢中にさせた責任だよ」
「何それ」

その言葉、そっくりそのまま返すよ。

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光と静寂の中で