休日の昼下がり。私と赤司くんはやわらかな陽気に誘われて公園まで散歩しに来ていた。天気の良い休日なだけに広々とした公園にはたくさんの親子連れが訪れている。冬が忍び足で近づいてきている今日この頃、服装も少しずつ重装備になっていく中、今日はついコートをはぎ取ってしまうほど、季節外れなあたたかい陽気に包まれていた。

「うわぁ、すっごい人」
「そのうち迷子が出てしまいそうだね」

なんて話していると。言ってるそばから不安そうな顔をした男の子が目の前に飛び出してきた。そして立ち止まったかと思った瞬間、大泣きを始める男の子。私と赤司くんは思わず顔を見合わせてしまった。

「どうしたの? ママとはぐれっちゃったのかな?」

そっと男の子に近寄って優しく話しかけると、男の子は泣きじゃくりながら頷いた。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、「うん」と言ってくれたのか、ただ泣いているだけなのかはよくわからなかったけれど、首はたしかに縦に振られていた。
私は赤司くんを見上げてから男の子にさらに話しかけた。

「そっか。それじゃあ、おねえちゃんたちと一緒にママを探してみよっか」

もう一度頷いた男の子と私は手を繋いで歩き始めた。さっきまでは私の手が包まれる側だったのに、今度は包んであげる側になっていて、少しだけ新鮮だ。それから男の子は反対の手を赤司くんに伸ばしかけた。だけど、その手は途中で止まってしまった。きっといつもはパパとママに挟まれて両手を繋いでいたのだろう。とっさにいつもの癖で手を伸ばしたのだろうけど、何を思ったのか、赤司くんとは手を繋がなかった。赤司くんはというと、応えようと伸ばしかけた手を宙に彷徨わせる他なかった。

「最後にママと一緒だったのはどこか覚えてる?」
「うん。……トイレ」
「よし、じゃあまずはそこに行ってみよっか」

私は男の子としっかり手を繋いで、歩く方向を転換した。赤司くんは私たちの様子をじっと見つめ、歩き回っている間もずっと後ろから追いかけてくるかたちで歩いていた。

広々した公園なだけに、トイレに行くまでも少し時間がかかった。ようやくトイレまでたどり着いてみたものの、母親らしき人は見当たらず。そう簡単に見つかるとは思っていなかったけど、早くも母親探しに暗雲が立ち込めてきた。
園内には他にもいくつかトイレがある。もしかしたらそっちの方にいるかも……と、辺りをぐるぐるまわってみたけれど、やっぱり見つけることができず、それならばと、トイレはやめて子どもがたくさん遊んでいるエリアに行ってみることにした。それでも待っているのは空振りばかりだった。
もしかしたらすれ違いになっているのかもしれない。探し方の方針を変えて、今度はしばらくそこに留まってみることにした。

「そういえば名前訊いてなかったね。何ていうの?」
「ゆうき」
「ゆうきくんかぁ。いい名前だね」

どんな漢字を書くのだろう。訊いてみたいけど、たぶんまだ自分の名前の漢字はわからないだろう。何となくだけど、子どもの幸せを願う親の愛が詰まった漢字が使われていそうだなと思った。

「おねえちゃんは?」
「私? 私は

いつの間にかゆうきくんから泣き顔は消えていた。それどころか、時折、二カッとまぶしいほどの笑顔を見せてくれるようになっていた。こういう時、純粋に素直に子どもっていいなぁと思う。
ふとゆうきくんが、それまでただそばにいるだけだった赤司くんを見上げ、無言でじーっと見つめ始めた。

「どうしたの? ゆうきくん」
「このおにいちゃんは、ねえちゃんのカレシ?」
「う、うん。そうだけど」

まさかこの年の男の子からカレシなんて言葉が出てくると思わなくて、私は一瞬たじろいだ。ゆうきくんはそれからまた視線を赤司くんに戻して、同じようにじーっと見つめ直した。いったいどうしたというのだろう。そう思った時、「ゆうきー」と焦ったような女性の声が聞こえてきた。

「あ、ママーっ!」

その瞬間、それまで赤司くんに向いていたゆうきくんの意識は一気に違う方向へ向かった。女性もはっとしてゆうきくんを見つめ、二人同時に走り出す。無事に再会である。
ゆうきくんと母親は抱き合った後、一言二言交わしてから私と赤司くんの方へやってきた。

「保護してくださってありがとうございます。良くしてもらえたようで、ゆうきも怖くなかったと申しております」

母親に手を繋がれたゆうきくんは、二カッと笑った。そして「ねえちゃん」と手招きをしてきた。口許に手を当てている様子から、どうやら耳打ちがしたいらしい。

「なあに、ゆうきくん」

私は屈んでゆうきくんの口許に耳を近づける。

ねえちゃん、このおにいちゃんに愛されているんだね。ずっとぼくにしっとしてるみたいだったよ」

想像の遥か上をいくコメントをもらい、私の顔は一瞬にして火を噴きそうなほど熱くなった。可愛いは可愛いことを言ってくれたのだけど、その内容があまりにも恥ずかしすぎる。
ゆうきくんは私からぱっと離れ、赤面する私と傍らに立つ赤司くんを交互に見つめた。

「ありがとう。おねえちゃん。おにいちゃんもありがとう。じゃあね!」

笑顔で飛び跳ねるゆうきくんと、頭を下げる母親を見送りながら、私は未だ屈んだ状態から立ち上がれずにいた。

、いつまでそうしているんだい?」

赤司くんに腕を引かれ、ようやく私は立ち上がる。その勢いで私は赤司くんの肩にもたれかかった。

「ゆうきくんが、おにいちゃんがずっとぼくに嫉妬してるみたいだって」
「彼がそんなことを? 先ほどの耳打ちで?」
「うん」
「そうか。そんなことを言っていたのか」

赤司くんはクスッと笑みを零した。

「彼なりに俺に気を遣ってくれていたってことか。いや、俺も我ながら大人げないと思ってはいたんだ。嫉妬したところで彼にが取られるはずがないのに。それでもやはり、の意識がすべて俺以外へ向いてしまうのが気にいらなくてね」

たしかに無意識のうちに赤司くんのことは頭からすっ飛んでいた。もちろん、そんなことを言ったら赤司くんが機嫌を損ねてしまうから言わないけど。
それからもう一つ。「おねえちゃんは愛されているんだね」と言われたことも秘密だ。恥ずかしくて言えるわけがない。

「さて、そろそろ買い物をして帰ろうか。予定よりずいぶん長い散歩になってしまったね」
「うん。夕食はどうしよっか。赤司くんは何食べたい?」
がつくってくれるものなら何でもいいよ」
「……それ、一番困るやつだよ」

他愛もない日常に差し込まれた非日常。これが将来を考えるきっかけになってくれたらな……なんていうのは贅沢な望みだろうか。でも、そう願ってしまうほど、私は赤司くんがことが好きだった。

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日常の中の非日常