すっかり秋も深くなり、あちらやこちらから紅葉の便りが届き始めている。この銀杏並木の木々たちも黄金に色づき、道行く人々にその堂々たる姿を見せつけている。命が尽きる瞬間まで輝くことを忘れない無数の葉。表現の自由を持つ人間は、もっと彼らに見習うべきだ。なんて哲学めいたことを考えるようになってしまったのは、きっとそれなりに年齢を重ねたからなのだろう。

風の噂で届く小中学校の同級生たちの結婚や出産の知らせ。羨まない振りしながら何度羨んだことか。私だって……。そう思いながらも、恋愛に積極的になれず、一人で過ごす毎日。「彼氏いないの? つくりなよ! もうすぐクリスマスだよ?」そんな風に言われるたびに、彼氏ってつくるものなの? と疑問に思う。とりあえずの存在にしかならないのなら、最初からいらない。これは紛れもない私の本心。
でも、本当に私の本心なの? 家庭を持ち始める友人たちを見るたびに、それはただの強がりなんじゃいかと思えてきて、どれが私の本心なのかわからなくなっていた時分、今の彼と出逢った。


「こんなに銀杏の木があるのに、全然くさくないね」
「そうだね。ここに植わっているのは、全部オスの木なんだろうね」
「え、何それ?」
「強烈なにおいを放つのはメスの木だけだよ」
「へぇ。知らなかった」

そんな他愛のない話をしながら歩く銀杏の並木道はとても寒かった。まだ十一月の半ばだというのに、今日の最高気温は十二月末並みの寒さだと、今朝の天気予報では言っていた。時折、吹き付ける乾いた風は身を切るほど冷たい。
それでも寒いと感じないのは、この繋がれている手のおかげ。一人ぼっちだった時は手袋に頼るばかりだったけど、赤司くんとつき合うようになってからは、いつしか手袋を必要としなくなっていた。どんなに高級な手袋よりも、繋いだ手の方がずっとあたたかい。



ふいに赤司くんは立ち止まる。手が繋がれている私も、釣られるように一緒に立ち止まった。
赤司くんはサプライズが得意だ。本人はどういうつもりなのかわからないけど、少なくとも私は赤司くんの言動にいつも驚かされている。だから今更、驚かされることに驚くことはないと思っていたのに、今日のサプライズは私の想定の遥か上をいくものだった。

。一緒に暮らそうか」

唐突に告げられた言葉に、意味を理解するまで時間がかかってしまった。まったく考えていなかったわけではない。でもだからと言って、執拗に望んでいたわけでもない。ただ、言われてみて思うのは、赤司くんとはそういう未来が待っていなければ嫌だとどこかで思っていたということ。今更赤司くん以外なんて考えられないし、たとえ赤司くんが私に対して笑ってくれなくなったとしても、この手を離すことなんて到底できそうにないのだから。

「うん」

たった一言、返事をするだけで精いっぱいで、それ以上の言葉がうまく出てこなかった。私の思考回路を全部、赤司くんにあげることができたのなら、こんな風に言葉が見つからなくて歯がゆい思いをしなくて済むのに。
少しでも言葉以上の気持ちを伝えたくて、私は繋いでいる手に力を込めた。

「嬉しい。嬉しいけど、どうして今?」
「さぁ、何でだろうね。ただ、言うなら今しかないって思えたんだ」

近いうちに伝えようとずっと考えていたという赤司くんは、すでにどのあたりで部屋を借りようかまで考えていたらしい。用意周到というか何というか。逃げ道をつくらないように周りからきれいにかためていくのが赤司くんの手法なのだろう。

「このまま部屋を探しにでも行こうか」
「え、今から?」
「そう。今から」

たしかに今日のデートプランは大して決めてはいなかったから時間には余裕がある。それに、何も今日中に部屋を決めなければならないということもないのだ。軽い気持ちで部屋の間取りを見ていれば、これから赤司くんと一緒に生活するということの実感が沸いてくるかもしれない。そう思ったとたんに、身体の奥からじわじわと熱いものがこみ上げてきた。
えっ、これから赤司くんと一緒に暮らす……?

「うわ……急に緊張してきた」
「今更何を言っているんだい? 今までだって何度も一緒にいただろう」
「そ、そうだけど。だって、これからは朝も夜もずっと一緒ってことでしょ?」
「嫌なのかい?」
「まさかっ」

慌てふためく私を見て微笑む赤司くんは、この世のものとは思えないほど美しい。こんな人に出逢えただけでも神さまに感謝なのに、私が赤司くんを好きになって、赤司くんも私を好きになってくれて、未来まで私に与えてくれようとしている。幸せすぎて、もう後に戻ることなんてできそうにない。今まで味わってきた孤独や寂しさも、すべてはこの瞬間のためにあったのかもしれない。そう思うことができる今は、過去の自分を抱きしめて、恐れることなく未来へ踏み出せるような気がした。

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黄金色の道で