「前から気になっていたんだが、は京都弁ではないんだね」

高校に入学して好きな人ができました。最初はただ見つめるだけだったのが、二年生に進級し、クラスが一緒になったことをきっかけに会話をする仲になり、それだけでも十分すぎるほど嬉しかったのに、他愛もない会話の中で「つき合って欲しい」と言われた時は本当に驚いた。驚いて涙が出るほど嬉しかった。
そして今日は記念すべき初デートの日である。私も部活はやっているけれど、私以上に忙しい赤司くんはまとまった時間が確保しづらい。そのたまの休日である今日を私のために使ってくれた。

「私、京都の生まれじゃないの。父親の転勤で小学生の時に越してきてそのまま」
「へぇ。どうりで近い空気を感じるわけだ」
「近いって、東京の?」
「ああ」

赤司くんがスポーツ推薦で東京から入学してきたのは、うちの高校では有名な話だ。バスケ部の面々はそういう人が多いけど、とりわけ赤司くんは一人際立っていた。
赤司くんが私に近い空気を感じると言ってくれたように、私も赤司くんから漂う東京のにおいにどこか安心を覚えていたのかもしれない。

「さて、デートといっても、どこへ行こうか。情けない話だけど、この辺のことはあまり詳しくないんだ」
「一年以上こっちにいるのに?」
「普段はあまり出歩かないからね」
「それもそうか」
「ご所望があればつき合うが、何かあるかい? なければ今から考えるよ」

行きたい場所……。いきなり言われてぱっと思いつくものでもないけれど……。そこまで思ったところで私の頭の中に一つの場所が浮かんだ。赤司くんもきっと、知ってはいても行ったことはなんじゃないかと思う。

「それなら、私と一緒にちょっとした山登りでもしない?」





「伏見稲荷大社か」
「そう」

山登りと聞いて疑問符を浮かべた赤司くんだけど、電車に乗って最寄り駅に降り立つと、すぐに合点したようだ。まぁ、駅名もそのままだから、わからないという方が不思議かもしれない。

「伏見稲荷大社は稲荷山も含めて稲荷大社だと思うの。だから一度はちゃんと登ってみたいと思ってて」
「ということは、初めてなのかい?」
「うん。私の趣味につき合ってくれる人はなかなかいなかったから……。かといって、一人で登る勇気もなくて」

鳥居と楼門をくぐり、本殿でお参りを済ませてから有名な千本鳥居を通り抜ける。そこを抜ければ奥社があり、こちらも有名なおもかる石がある。ここまでが一般的な観光ルート。でも実際は更に参道があり、この先もずーっと鳥居が続いている。私もインターネットや本でしか見たことがなく、ここからは未知の世界だ。

「所要時間は二時間か」
「……嫌?」
「いや、そんなことはないよ。むしろの方こそ体力持つのかい?」
「文化部だからってバカにしてるでしょ……」

そりゃあ常日頃、バスケ部で鍛えている赤司くんに比べたら私の体力なんてそよ風程度のものだろうけど、そこらへんのかよわい女子よりは体力はある。と思っている。

が、しかし、結局は赤司くんの指摘通りの結果になってしまった。

「少し休もうか?」
「だ……まだ、だいじょう」
「ぶそうには見えないが」

永遠と思えるほど続く緩やかな坂道と階段に、思いのほかどんどん体力が奪われていく。最初にかましていた余裕はもうどこにもない。すでに一時間以上は登り続けている。これ、本当に二時間で登って下れるの?
赤司くんは仕方ないなというような顔をして私の手を引いてくれている。いつの間に手を取ってくれていたのだろう。何気に手を繋ぐのは初めてなのに、緊張する余裕もないまま私の手はしっかりと握られていた。

「先ほどの案内板によれば、そろそろ頂上に着きそうなのだが……あそこかな」

たしかに社らしきものが一つ見えてきた。でも、

「え……、頂上って、ここ?」
「一ノ峰と書いてあるから間違いないと思うが、何も見えないね」

いくら小さな山とはいえ、頂上まで行けば眼下に広がる町並み。くらいは見えるだろうと期待していたのに、実際の稲荷山の頂上は、四方八方どこを向いてもここが頂上だと思える景色が何一つ見えなかった。

「想像と全然違う。どうしよう赤司くん。達成感が味わえないよ……」
「ひとまず、お参りはしていこうか」
「そうだね」

不完全燃焼な気がしないでもないが、お参りだけはしっかりと心を込めて行った。そしてこれから待っているのは下山である。

「また同じ距離下るのか」
「いや、下りは15分ほどで行けるみたいだよ」
「えっ、うそ」
「反対側から登れば最短で頂上へ行けると案内板に書いてあっただろう。は何を見ていたんだい?」
「う……」

お前、本当に稲荷大社が好きなのか? と言われてしまいそうなほど、今となっては私より赤司くんの方がここのことに詳しくなっていそうだ。そして下山は本当に15分ほどで済んでしまった。なるほど。これが所要時間2時間の所以か。あんなに頑張って登ったというのに、下りるのはこんなにあっさりだなんて、ますます拍子抜けである。まぁ、全ては私のリサーチ不足なんだけど。


「なんか、私より赤司くんの方がずっと楽しそうだったね」
「あぁ、楽しかったよ。それに良い勉強にもなった。ありがとう」

嫌味を込めて言ったつもりだったのに、赤司くんには少しも通じなかった。

「神社仏閣巡りも悪くないね。また行きたい場所があったら連れてってくれ。の趣味にはいくらでもつき合うよ」
「そう。そう言ってもらえると助かるよ。ありがとう」

複雑な気持ちを抱えつつも、赤司くんが笑ってくれるのならまぁいいか。そう思う初デートだった。

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Shall we Climb?